米中貿易戦争、団結する米国
アメリカン・エンタープライズ研究所客員研究員 加瀬 みき
強硬姿勢貫くトランプ氏
議会・諜報機関・軍と思惑一致
アメリカの対外政策を読み解くのは簡単ではない。「アメリカ」とは政権なのか、大統領なのか、議会、共和党か民主党、ビジネス界、あるいは有権者なのか。通常はさまざまなプレーヤーの思惑は一致せず、綱引きの結果「アメリカ」の政策が決まるため、必ず政策への反対分子がおり、他国が付け入る弱点がある。
しかし、中国に対する政策においては、今、アメリカの全てのプレーヤーが結束している。
広がる中国への悪感情
トランプ大統領は30年前から「貿易は悪いもの」「関税は良いもの」と深く信じている。関税は中国が払っている、関税はアメリカ経済にとって良いもので国内総生産(GDP)を伸ばしている、といった発言を繰り返す。側近たちも後押しをするかのように、第1四半期の3・2%という経済成長は大統領の強硬貿易策がアメリカ経済に貢献している証拠と主張し、ムニューシン財務長官は「貿易政策の一部がGDPに貢献しているのは間違いない」と述べるほどである。
対中批判も大統領就任前から一貫しているが、アメリカ国民の中国に対する好感度もここ1年で12%も落ち(ギャラップ調査)、中国がアメリカにとって深刻な経済的脅威であると見なす人が増えている。中国はずるい、アメリカをスパイし、技術を盗み、アメリカの足を引っ張り、自国が大将になろうとしている、といった感情は支持政党に関係なく有権者の間に広まっている。
議会も同様である。憎しみに近い相互不信から主要政策ではほとんど一致することがない両党が、対中政策においては共に強硬姿勢を固めている。
コーツ国家情報長官をはじめ諜報(ちょうほう)機関は、米民間企業に中国の脅威を警告するブリーフィングを行うという異例の措置を取っている。ペンタゴンは中国の軍事力の増強、サイバー空間や宇宙での躍進ぶりに深い警戒感を抱いている。
政権内には対中強硬派のライトハイザー米通商代表やロス商務長官に比べ、より穏健なクドロー国家経済会議(NEC)委員長やムニューシン財務長官がいるが、彼らも今や強硬姿勢に変わったとされる。またビジネス界は往々にして保護主義的政策を嫌うが、関税政策への批判はあまり聞かれなくなった。これは中国の海外企業に対する投資制約や知的財産の盗用に対するいら立ちが怒りに代わっているためとされる。
政権や議会、国民の見解が一致しても、特に貿易という複雑な、それもかなりの強硬政策を実施するにはその政策を信じ、かつ知識と経験豊かな施行者が欠かせない。ライトハイザー氏はまさにその人物である。何十年にもわたり中国に対し厳しい見方を変えず、国際的枠組みではなく一対一での交渉を主張、世界貿易機関(WTO)や国際法に対し深い不信感を抱いている。大統領権限で安全保障を理由に関税政策を取れる232条を含め、アメリカが持てるあらゆる手段を一方的に活用すべきだという深い信念がある。アメリカの力の活用という点でまさに同じ思いの大統領の下、1980年代の対日貿易交渉以来積んできた成果を発揮している。
トランプ大統領はまずは強硬姿勢を取るという交渉術を活用する。ボルトン国家安全保障担当補佐官やポンペオ国務長官といったタカ派を側近に選び、軍事攻撃をいとわないと見せる。しかし北朝鮮やイランといざ軍事衝突の危険が高まると必ず一歩引き下がり、側近たちとの温度差が明らかになってきた。
対中攻勢へ条件整う
しかし貿易から通信機器分野での対中強硬姿勢を今のところ変える必要はない。軍事衝突の恐れはないし、アメリカの経済は好調である。しばし被害を受ける人々もいるかもしれないが、今、中国を叩(たた)かなければアメリカは負かされる、という思いが圧倒的に強い。
「アメリカ」は団結している。アメリカ経済が大きく傾かない限りアメリカは厳しい貿易交渉姿勢を保ち、アメリカの安全保障や地政学的立場を脅かす最新通信機器技術から中国の政治、ビジネス体制まであらゆる角度から中国を攻め続ける条件が整っている。
(かせ・みき)