AIを制する国が世界を支配

日本安全保障・危機管理学会上席フェロー 新田 容子

国を挙げ開発進める中国
欺瞞戦略・情報操作に技術駆使

日本安全保障・危機管理学会上席フェロー
新田 容子

 2017年、中国政府は、30年までに中国が世界の人工知能(AI)のリーダーの座に就くことを見据えた次世代人工知能開発計画(AIDP)を発表した。目的はAIを「中国の産業アップグレードと経済変革の主な原動力」とし、30年までに国内総生産(GDP)26%アップ、雇用12%の増加を試算している。

 既に中国のAI産業市場は、20年に500億米ドル近くの価値を生み出し、予測では21年には692億ドルに達する。AIにより生産性の向上や高度成長を促す一方、国内では社会の不平等を助長し、政府やその政策への支持を低下させないよう、公害から生活水準まで、大きな社会問題に対処するための目配りを行う。

軍事力としてAI導入

 中央政府は地方政府との共同作業でAI人材育成を積極的に推進し、21年3月時点で中国の300以上の大学でAIが学部の専攻になり、今後200万人近い人材が不足するとされるAI業界の需要に向けて対応を加速させている。

 環球時報によると習近平国家主席がトップを兼ねる中国人民解放軍(PLA)はAI技術を用いて、台湾への侵攻作戦のための戦争ゲームをシミュレートしている。

 創設100周年を迎える27年までには、PLAは強敵とする米国に対して優位性を生み出し、国際競争力のある軍事力を不動のものとすべく、軍事力としてのAIの導入を着実に進めている。

 AI購入の多くが機密扱いになっているため、正確な金額を特定するのは難しいが、PLAはAI関連技術に年間16億ドルから27億ドルを費やしているとみられ、その額は米軍のAI支出に匹敵する。中国航空工業公司や中国航空宇宙科学技術公司などの国有企業とその子会社が、PLAのAIの購入を支える。

 AI関連契約でPLAは自律走行車の開発や、AIや機械学習を利用した情報・監視・偵察、電子戦、標的認識に特に力を入れているもようだ。PLA独自の学術誌「軍事通信」は以前、PLAによるAI駆動のボット(マルウエア)ネットワークの利用を示唆する解説を掲載していた。

 米国防総省の報告書で、PLAは03年以降の作戦計画で心理戦、世論戦のコンセプトの発展を重視している。PLAの戦略と作戦の理論的根拠―欺瞞(ぎまん)が戦争の根本的かつ効果的な性質である―は彼らの孫子の思想概念の「戦とは欺くことである」についての解釈そのものを示す。

 PLAの心理戦を担当する戦略支援軍の記事ではAIによる「音声情報合成技術」の必要性が強調されていた。この技術は、ユーザーの感情を識別し、人間には知覚できない短さの信号を繰り返し見せて、無意識下にメッセージを刷り込ませるサブリミナル・メッセージを行うためのものだ。

 中国政府は外交政策上の目的を達成するために、情報操作を効果的な戦略と見なしていることは世界の知るところだ。起きていない出来事を視聴者に信じ込ませる操作メディアを、完璧かつ簡単に作ることができるAI技術は中国政府にとってうってつけであろう。

 二つの画像や動画の一部を結合させ、元とは異なる映像を作成するAI技術(ディープフェイク)、AIで声を合成するディープボイスの使用が目立つ。例えば、中国を代表するAI企業の百度(Baidu)は、あらゆる声を数秒でクローン化できるDeep Voiceプロジェクトを持つ。これらのツールを使って、AIによる大量のディープフェイクを作成し、中国共産党の情報操作の一環として展開することが可能だ。

 ネガティブな情報の削除、抑制、軽視、特定を可能にするAI技術を駆使した情報認知戦術は、中国が「責任ある世界のリーダー」であり、国際政治システムの改革をリードする国であることを海外の視聴者に確信させるための、おいしいツールだ。

中国都市のイメージ

 インターネットを中心とした今日のグローバルな情報空間は、いわゆる「チャイナ・ストーリー」を世界に広めるための効果的な方法を中国政府に提供している。PLAは、今後もAIの進化でデジタルインフルエンス能力を発展させていくだろう。

 じきにAIが、習主席が注力する格差解消のための「共同富裕」を実現し得るロードマップを示すツールとなるかもしれない。

危機を自覚すべき日本

 さて、我が国には中国政府のAIダイナミズムに対して、米国政府ほどの差し迫った焦りはあるのだろうか。

(にった・ようこ)