左傾化の波続く中南米 各国で左派政権誕生相次ぐ

チリ大統領選の左派ガブリエル・ボリッチ候補=11月11日、サンティアゴ(AFP時事)

 中南米に左傾化の波が訪れている。昨年からすでに4カ国で左派系の候補が政権を獲得しており、その流れは来年9月に予定される南米の大国ブラジルの大統領選挙にも影響を与えようとしている。新型コロナウイルス禍がもたらした経済低迷に伴う治安悪化、貧困・格差の拡大は選挙の大きな争点となっており、貧困対策を強く訴える候補に有利に働いている。(サンパウロ・綾村 悟)

貧困・格差拡大が一因
19日に注目のチリ大統領選決選投票

 中南米では昨年来、右派と左派の激突となる選挙が続き、左派系候補が次々と勝利を収めている。昨年11月のボリビア大統領選挙と今年7月のペルー大統領選挙では、反米左派と共産党出身候補が相次いで親米保守候補を破った。

 9月のニカラグア大統領選挙では、共産ゲリラ出身で強権政治が問題となっているダニエル・オルテガ大統領が4期連続当選を果たし、11月28日のホンジュラス大統領選挙では親中派の左派候補が当選した。勝利したシオマラ・カストロ氏は台湾との断交を示唆している。

 中南米では、ベネズエラやアルゼンチンなどの主要国でも反米と大衆救済路線の左派が政権を握っており、まさに左傾化の波がこの地域を覆わんばかりの勢いだ。

 こうした中、南米チリで19日、中道右派ピニェラ大統領の任期満了に伴う大統領選挙の決選投票が実施される。

チリ大統領選の右派ホセ・アントニオ・カスト候補=11月18日、サンティアゴ(EPA時事)

 「極右」と呼ばれるホセ・アントニオ・カスト元下院議員(55)と、共産党と選挙協力を組む左派連合、ガブリエル・ボリッチ下院議員(35)による激戦が第1回投票から繰り広げられている。最新の世論調査では、左派のボリッチ氏が優勢だ。

 チリは、1980年代のピノチェト軍政時代に新自由主義経済に移行した後、「南米の優等生」と言われるほど安定した政治・経済を実現してきた。民生移管後は、中道左派が長らく政権を握ってきたが、民主主義を重視し、日本と経済連携協定(EPA)を結ぶなど自由貿易を重視してきた。90年代以降、ベネズエラやボリビア、ブラジルなどで反米左派や労働党政権が誕生する中でも、チリは穏健左派として、中南米の安定に寄与してきた。

 ところが、近年は貧富の格差が急速に拡大、さらには、経済崩壊したベネズエラから移民が大量に入り込んで社会問題に発展し、社会の分断が進んでいる。

 ピニェラ政権下では、地下鉄運賃の値上げや、新型コロナ対応のロックダウンに伴う食糧不足に反発する反政府デモが相次ぎ、一部では暴動にまで発展した。

 学生運動出身の左派、ボリッチ候補による「富裕層や鉱山への増税を」という主張は、コロナ禍で生活に苦しむ有権者に響いている。

 中南米は、新型コロナ禍で貧困と食糧不足が最も深刻化した地域だ。パンデミックが収まった後の経済成長も、その恩恵は富裕層に流れ、格差が広がる一因となっている。実際、ブラジルをはじめとする南米各国では、高級車や高級マンションの売れ行きが伸びる一方、食糧支援をNGOなどに求める貧困層は増え続けている。

 一方、カスト候補が主張する経済成長への取り組みや、移民制限を含む治安問題への対応は、保守派や中道派を中心に安定した社会を求める人々に受け入れられている。反政府デモが続いたことで治安悪化が問題となっているからだ。

 カスト氏はまた、ボリッチ氏が共産党と選挙協力を結んでいることを厳しく追及している。「チリの共産化につながる」との批判は、選挙当初、独走していたボリッチ氏の支持率を確実に削った。

 チリに限らず、近年の中南米の選挙で鮮明になっているのが、有力候補の両極化が進んでいることだ。この傾向は、来年9月に予定されている、ブラジルの大統領選挙にも見られる。現時点で最有力候補は、「南米のトランプ」と呼ばれるボルソナロ大統領と左派のカリスマ、労働党のルラ元大統領だ。

 ルラ氏に関しては、野党を弾圧するニカラグアのオルテガ大統領を擁護する発言が問題になっているが、最新世論調査でボルソナロ氏に大きな差をつけている。通常は反ボルソナロを訴えるメディアの中からも、大統領選挙の行方を懸念する声が上がっている。