日米で対中核抑止の議論をー 米戦略予算評価センター トシ・ヨシハラ氏


ウクライナ危機 識者に聞く

米戦略予算評価センター トシ・ヨシハラ上級研究員(下)

米戦略予算評価センター トシ・ヨシハラ上級研究員

Toshi Yoshihara 米海軍大学教授・アジア太平洋研究部長などを経て、現在、米シンクタンク、戦略予算評価センター(CSBA)上級研究員。中国海洋戦略研究の第一人者で、著書に『中国海軍VS.海上自衛隊』、共著に『太平洋の赤い星』などがある。

中国はウクライナの状況をどう見ているか。

 中国はいくらか難しい立場に置かれている。多くの問題においてロシアの側に付いているが、一方で欧米との間に重要な利害関係を持つ。過度にロシアの肩を持てば、欧米などから反発を受ける。

 このことは、世界的な超大国であることが容易でないと中国に印象付けていることだろう。なぜなら、超大国になれば、世界規模で多くの利害関係を持つことになり、それらは対立もしくは緊張関係にあるからだ。

 またウクライナ紛争が示していることは、軍隊を動員し、集結させるには時間がかかるということだ。もし中国が台湾への侵攻を試みる場合、それを奇襲のような形で秘密裏に行えるとは考えられない。なぜなら、こうした動きはすべて、普及している衛星画像などの公開情報を通して確認できるからだ。これは中国にとって、侵略の準備を隠すことが非常に難しいという教訓となるだろう。

 しかし一方で、ウクライナ危機においては、欧米が手をこまねいていたことで、プーチン氏に攻撃を準備する時間を与えた。台湾有事の際にも、台湾や米国など西側諸国が希望的観測を持ち、中国が本気でないと望むことで、ウクライナと同じような状況に置かれる可能性がある。

 もう一つ重要なことは、ウクライナ国民を鼓舞し戦い続けるゼレンスキー大統領のように、蔡英文総統やその後継者が、決断力と意志とカリスマ性を示し、住民からだけでなく、国際社会からも共感と支持を得られる可能性があることだ。中国にとって、存続を懸けた戦いをする相手の政治的意志を過小評価してはいけないということも重要な教訓となるだろう。

台湾有事の際に中国がプーチン露大統領のように核の脅しをする可能性は。

 可能性は常にあるが、中国共産党が今回のウクライナ危機での米国の反応をどう捉えるかにもよる。プーチン氏の核の威嚇により、米国が後ずさりした、もしくは選択肢を狭めたと結論付けたとすれば、中国が米国や日本など同盟国に同様の威嚇をする可能性はより高くなる。

ウクライナ危機は日本にとってどんな教訓があるか。

 安倍晋三元首相をはじめとする日本の指導者たちから、拡大抑止の重要性についての発言が出ている。日本人に限らず、ほとんどの欧米人が忘れていたのは、核抑止という言葉だ。

 しかし、ウクナイナ危機を通して明らかになったのは、核を保有する大国が紛争に関与すれば、冷戦時代の遺物と思われていたこの考え方が復活するということだ。日本はこの拡大抑止という課題をもっと意識する必要がある。

米国の核兵器を日本に配備し共同運用する「ニュークリア・シェアリング(核兵器の共有)」についてどう思うか。

 中国は戦域核戦力を著しく向上させおり、準中距離弾道ミサイル「東風21号(DF21)」や中距離弾道ミサイル「東風26号(DF26)」など核弾頭搭載可能な戦域ミサイルを多数保有している。一方で、米国は大陸間弾道ミサイル(ICBM)などの戦略核兵器や空中投下兵器などの戦術核兵器は保有しているが、戦域核については非常に乏しい。このため、戦域核において中国と米国の間に著しい非対称性が生じている。

 このことは、核エスカレーションにおける中間段階の核戦力を中国がより多く保持していることを意味し、米国の同盟国に対し核の威嚇を行う上で中国に優位性を与えることになる。従って、日米は核兵器の共有や将来的な米国の核戦力の前方配備も含めて、真剣に議論する必要がある。

 米国は冷戦期に韓国や台湾に核兵器を配備していたが、今後、西太平洋地域への前方配備が必要になる可能性がある。最も明白な配備先はグアムだが、日本を含む同盟国への配備が必要となることもあり得る。もちろん、これは政治的な論争となるだろう。だが、より緊迫する戦略的状況下では、冷戦期の米国の核態勢に立ち返る必要性が生じる可能性がある。

(聞き手=ワシントン・山崎洋介)