「自由が当然の時代は終焉」 同性婚反対の大物牧師に“報復”

オバマの対宗教戦争・第1部
神を見失うアメリカ(1)

 オバマ大統領は米史上最も宗教に不寛容な大統領だ――。宗教界はオバマ政権の下で信教の自由がかつてないほど脅かされていると危機感を募らせている。信教の自由を建国の理念とする米国で一体何が起きているのか。激化するオバマ政権と宗教界の摩擦を報告する。
(ワシントン・早川俊行)

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5月15日、ホワイトハウスで内国歳入庁(IRS)の不公平な税務審査問題について声明を発表するオバマ米大統領(UPI)

 ノースカロライナ州シャーロット。米国で最も著名なキリスト教牧師で、歴代大統領に大きな影響を与えてきたビリー・グラハム師(94)が会長を務める「ビリー・グラハム福音協会」の本部に、内国歳入庁(IRS)の職員がやって来たのは昨年10月29日のことだった。

 IRSとは徴税業務を所管する、日本では国税庁に相当する連邦政府機関。同協会は非営利団体として免税資格を得ているが、IRSが突如、税務調査を行うと言いだしたのだ。調査は息子のフランクリン・グラハム師が運営する国際人道支援団体「サマリア人の財布」にも及んだ。

 伏線があった。グラハム師は昨年4月、同性結婚を禁止するノースカロライナ州の憲法修正案を支持する意見広告を地元14紙に掲載。同10月には、ウォール・ストリート・ジャーナル紙などに掲載した広告で、11月の大統領選では「聖書の価値観」に基づき生命の尊厳や男女の結婚の定義を守る候補者に投票するよう呼び掛けた。人工妊娠中絶や同性婚を容認するオバマ氏の再選阻止を事実上訴える内容だった。

 IRSが大統領選直前にグラハム師が関係する二つの団体を調査したのは、ただの偶然か、あるいはオバマ氏に対立的な立場を取ったことへの報復か――。約半年後、その答えは後者だった可能性が高いことが判明する。今年5月、IRSが保守系団体を対象に免税審査を厳格化していたことを認めたのだ。

 「道徳的に誤りであり、非米国的だ」。フランクリン師はオバマ氏に書簡を送り、IRSの不祥事を「おぞましい」と痛烈に批判した。

 グラハム師以外にも、宗教的信念に基づきオバマ政権の政策に異議を唱える個人や団体が、IRSの標的になった事例が相次いで報告されている。

 大学教授でカトリック教徒のアン・ヘンダーショット氏は、中絶反対の立場からオバマ政権の医療保険制度改革を批判する複数の論文を書いた。すると、IRSは同氏に対する税務調査を開始。論文について「取り調べ」のように執拗な質問を浴びせられた同氏は、公権力によって「家族や生活が破壊されかねない」と感じ、政権批判をやめた。

 また、アイオワ州の中絶反対派団体が免税資格を申請したところ、IRSから集会でどのような祈りをささげているのか報告するよう求められた。免税審査と無関係であるだけでなく、信教の自由に関わる理不尽な要求だった。さらに驚くべきことに、IRSは免税資格を与える代わりに、オバマ政権に近い中絶支持派団体に対しては抗議活動を行わないという誓約書を提出するよう求めてきた。

 米国を代表する牧師であれ、宗教系の団体であれ、オバマ政権に盾突けばIRSの圧力を受ける。前例のない連邦政府の権力乱用に宗教界は震撼した。

 カトリック教会のチャールズ・シャピュー・フィラデルフィア大司教は5月24日付のコラムで、IRSの不祥事について「嫌われた宗教団体が将来受ける扱いを暗示している」と指摘した。同教会は、オバマ政権が団体や企業に職員の避妊費用負担を義務付けたことに強く反発しており、「次は我が身」との警戒感が滲む。

 大司教は悲壮感を漂わせながら、コラムを次のように締めくくっている。

 「信教の自由が当たり前の時代は終わったのだ。我々は目を覚まさなければならない」