米、カショギ氏殺害でジレンマ
アメリカ保守論壇 M・ティーセン
サウジでの国益重視
皇太子非難でバランス
トランプ大統領とジョージ・H・W・ブッシュ元大統領がこのところ、よく対比される。トランプ氏は、自らの意識の中にいるジョージ・H・W・ブッシュ元大統領に導かれているようだが、それはいい結果とはなっていない。サウジアラビア領事館でのジャマル・カショギ氏殺害、遺体切断へのトランプ氏の反応は、天安門広場での平和的民主化要求デモへの中国当局による弾圧に対するブッシュ氏の反応に似ている。
最近になって中国の弾圧がいかに冷酷だったかが明らかになった。当時の駐中国英大使アラン・ドナルド氏が1989年に送った極秘電報が機密解除されたためだ。それによると、兵員輸送装甲車が学生デモ参加者らを踏みつぶし、遺体の上を何度も行き来し、粉々になった遺体はブルドーザーで集められ、焼かれ、下水に流された。ドナルド氏は「けがをした女学生が命乞いをしたが、銃剣で刺された」と記している。また「3歳の少女がけがをし、助けに向かった母親は、ほかの6人と一緒に撃たれた」。この武力による弾圧を生き残った千人は、その場を去っていいと言われていたが「設置された機関銃の掃射を受け、殺された」。
電報は、ぞっとするような一文で終わっている。「最低でも市民1万人が死亡したとみられる」
◇対中関係を優先
中国によるこの残虐な行動によってブッシュ氏は、非常に難しい立場に立たされた。米国の価値観を守る一方で、同時に残忍な犯罪を犯した者らとの関係も重要で、維持しなければならなかった。トランプ氏も、カショギ氏の殺害を受けて、同じジレンマに直面した。ブッシュ氏のように、国民の良心を揺さぶる非人間的な暴力を目の当たりにした。何らかの対応を迫られ、その一方で、世界の中でも重要なこの地域での米国の国益も守らなければならなかった。そしてブッシュ氏と同様、トランプ氏も適切な対応はできなかった。
ブッシュ氏は、1989年6月の虐殺事件の後、中国の指導者らとの関係を維持したことについて悪びれる様子はなかった。後にブッシュ氏は「1972年以来、苦労して築き上げてきた関係を完全に断ち切りたくなかった」「非難すれば、一時的には満足できるかもしれないが、時間をかけて築いてきたものが失われてしまうと思った」と記している。ブッシュ氏は当時、民主党のスティーブン・ソラーズ下院議員のような、強硬路線を主張した議会指導者らを非難し、ソラーズ氏のことを日記に「後のことを考えることもせず、シャーの追放を喜ぶような人物」と記している。ブッシュ氏は鄧小平氏に混乱を招くような書簡を送った。鄧氏を「本当の『老朋友(旧友)』」と呼び、政権が取った懲罰的な措置を詫(わ)びた。「合衆国大統領として、このような対応は避けられなかった。ご存知のように、強い行動を求める声は依然、強い。私は抵抗し、一緒に苦労して築き上げてきたこの関係を破壊したくなかった」とブッシュ氏は記していた。そればかりか、スコークロフト補佐官(国家安全保障担当)を北京に派遣、晩餐(ばんさん)会で中国指導者らとワイングラスで親しげに乾杯する姿が写真に納められた。
ブッシュ氏は、関係を維持しなければならないという点では正しかった。中国を受け入れることは、冷戦を平和的に終わらせるには重要なことだ。しかし、中国をなだめたいばかりに、あのような残忍な罪を犯した人々に対して言うべきことを言わなければ、世界からの米国の道徳観への信用は損なわれてしまう。
◇対イランの防波堤
サウジに関してトランプ氏は、ブッシュ氏と同様、非常に難しい立場に立たされている。米国は、人権を守らなければならない。しかし、サウジとの関係も守らなければならない。サウジは、中東で米国の利益にとって大きな戦略的脅威であるイランに対する防波堤となり得る唯一の国だ。トランプ氏は、17人のサウジ人に「グローバル・マグニツキー法」に基づいて制裁を科し、カショギ氏殺害を「受け入れられず、おぞましい犯罪」と主張する一方で、殺害を命じたとムハンマド皇太子を公の場で非難することを避けることでバランスを取ろうとした。皇太子がどこにも行かないこと、サウジ政府といつまでも仲たがいしてはいられないと判断したことは正しい。しかし、ポンペオ国務長官が、議会とメディアを「ギャーギャーわめく」と非難、大統領が、サウジへの武器売却でこれだけ儲かると、悪びれることなく平然と自慢する姿は見苦しい。
大統領として、親米の暴君らを手なずけながら、米国の価値観を守ることは非常に難しい。それがうまくできた大統領はあまりいない。その意味で、トランプ氏は過去の大統領と違わない。トランプ氏がサウジの指導者らと裏でどのようにコミュニケーションを取っているかは分からない。トランプ氏は、公の場より、非公式の場での方が厳しい態度を取っているのではないかと思う。だが、確かなこともある。中国の殺戮(さつりく)者らに対するブッシュ氏の哀れな訴えは最悪だった。
(12月12日)











