【上昇気流】作家の司馬遼太郎は高田屋嘉兵衛の生涯を『菜の花の沖』で描く


司馬遼太郎文学碑

 「無用の我をすてて、おのが船になれ、風になれ、潮になれ」――。作家の司馬遼太郎は江戸期の廻船商人、高田屋嘉兵衛の生涯を『菜の花の沖』で描く。司馬作品でも数少ない江戸中期の物語だ。

 嘉兵衛は幕府から北方海域の漁場開拓を請け負い、盛んに交易を行った。そこに東方への野望をたぎらすロシアが進出。文化4(1807)年、択捉島に上陸し略奪・放火を繰り広げた。

 松前藩は国後島でロシア艦船ディアナ号を拿捕し、艦長ゴローニンを捕縛。ロシアはその報復として日本の観世丸を捕らえ、乗り合わせていた嘉兵衛をカムチャツカに連行した。当地で彼はリコルド海軍少佐と談義を重ねた。

 嘉兵衛はリコルドに国家とりわけ「上国」(上等の国)とは何かを説く。「他を謗(そし)らず、自ら褒(ほ)めず、世界同様に治まり候(そうろう)国は上国と心得候」。他国の悪口をいわず、また自国の自慢をせず、世界の国々とおだやかに仲間を組んで自国の分の中におさまっている国を上国という(第六巻「カムチャツカ」文春文庫)。

 ロシアの東方進出は後に日露戦争に至る。それを司馬は『坂の上の雲』に描く。そのテーマも「国家とは如何なるものか」である。先の大戦で戦車隊の小隊長としてソ連軍と旧満州で対峙した自身への問い掛けでもある。

 その問いを今、世界中が行っている。ウクライナはむろん、わが国固有の北方領土を不法占拠するロシアは「下国」(下等の国)と言うほかない。