非常事態宣言立憲政治に打撃

アメリカ保守論壇 M・ティーセン

議会の権限を軽視
壁予算で判断ミス

マーク・ティーセン

 

 国境の壁を造ることが目的なら、トランプ大統領はあらゆる場面で判断ミスをしてきたことになる。2018年初めにトランプ氏は、不法移民の子供を強制退去としない措置「DACA(ダカ)」対象者への滞在資格付与と引き換えに、壁の予算250億㌦を確保する機会を手にした。だが、「便所のような国」と発言し、合法的移民政策の変更を要求することで、交渉をぶち壊しにしてしまった。

 昨年6月には、上院歳出委員会が、約100㌔のフェンスのための16億㌦を、賛成26、反対5の党派を超えた支持で承認した。上下両院を容易に通過するはずだったが、トランプ氏は、壁をめぐる対立から政府を閉鎖、壁の予算として57億㌦を要求した。

 その結果、35日もの間、政府は閉鎖され、トランプ氏が手に入れたのはわずか13億8000万㌦だった。その半年前の超党派の合意を受け入れてさえいれば、もっと多くの資金が得られていたはずだ。

 今回、トランプ氏が賢明なら、この13億8000万㌦を手に入れ、その上で、議論の余地はあるものの、緊急事態を宣言しなくても捻出できる31億㌦を壁の予算に充てることができたことだろう。財務省の薬物没収基金の6億㌦、国防総省の薬物対策計画の25億㌦からの資金だ。これで44億8000万㌦の壁の予算を確保できる。議会に要求していた額に近い。その上で昨年12月に自動的に歳出上限が課され、民主党に対し優位に立ったところで、予算の増額を要求することができた。これで、トランプ氏が歳出上限の引き上げに同意しなければ、国内の裁量的経費を全体で550億㌦削減せざるを得なくなる。

◇共和党内からも反発

 ところがトランプ氏はここでも、間違いを犯した。マコネル上院院内総務ら共和党議員の警告を無視して、党内からも反発を呼ぶ可能性がある非常事態を宣言した。

 非常事態宣言はすぐに訴訟に持ち込まれる。つまり、宣言による予算はすぐには使えない。訴訟で勝ったとしても、立憲政治にとっては大きな打撃だ。トランプ氏が、議会に拒否された壁を築くために緊急事態を宣言できるのなら、議会の権限を覆す大統領の権限は事実上、無制限ということになる。

 共和党のキャシー・マクモリス・ロジャース下院議員が指摘したように、今後、リベラル派の大統領が気候変動で緊急事態を宣言し、「米国民にグリーン・ニュー・ディールを押し付ける」可能性も出てくる。

 民主党も同じだ。ペロシ下院議長は、トランプ大統領のおかげで、民主党の大統領がいつの日か、「米国にはびこる銃犯罪」を緊急事態と宣言することが可能になったと指摘した。かつて民主党が、下級裁判所の終身判事の承認で議事妨害を阻止するために決めたことを、今度は共和党が逆手にとって、規則を変更して、2人の最高裁判事を承認し、今後数十年間、保守派が多数派を占められるようにした。それと同じように、トランプ氏の大統領権限の行使を受け入れれば、今度は共和党が必ず後悔する。

 10人以上の共和党上院議員が緊急事態宣言に反対の声を上げた。マルコ・ルビオ、ロン・ジョンソン、パット・トゥーミー、ランド・ポール、マイク・リー、スーザン・コリンズ、リサ・マコウスキー、ラマー・アレグザンダー、ベン・サス、トム・ティリス、ジョン・コーニン、マイク・ラウンズ、チャールズ・グラスリー、ロイ・ブラント氏らだ。これらの議員が、その言葉通り投票すれば、不承認決議案は通過してしまう。

◇議会は不承認決議を

 本当なら全共和党議員が、不承認を支持すべきだ。行き過ぎた大統領権限を阻止し、憲法第1条に定めた議会の権限を取り戻すことが、2016年の共和党選挙アジェンダ「ベターウェー(より良い道)」の柱だったはずだ。下院共和党は「大統領は、選挙で選ばれた公職者ではなく、君主のように振る舞ってきた、今、それを止める」と宣言していた。

 トランプ氏は間違いなく、拒否権を行使する。しかし、両院が超党派で、トランプ氏の宣言を拒否する表決を行えば、緊急事態宣言に反対する訴訟の後押しになる。

 ロバート・ジャクソン判事はヤングスタウン製鉄所判決の同意意見で、大統領の権限は「固定されたものではなく、揺らぐものであり、議会の意見と一致するか、しないかに依存する」と述べている。大統領が議会の支持を受けて行動するとき、その権限は「最大」になり、議会が意見を表明しないときは「あいまいになる」が、「大統領が、明示または暗示された議会の意見と一致しない方策を講じるとき、大統領の権限は最少になる」。ジャクソン氏はこう主張していた。不承認決議案によって、トランプ氏が議会の意見を無視しているだけでなく、議会がトランプ氏の行動を明確に拒否しているということがはっきりとする。

 トランプ氏の擁護者らは、共和党議員らはトランプ氏にそのようなかたちで反対すべきでないと主張するだろう。それは確かにそうだ。トランプ氏は、共和党議員らに、大統領への忠誠か、憲法への忠誠かを選択させるべきではない。選択を強いられた場合は、憲法を選ぶべきだ。

(2月20日)