どこへゆく 危機状態の英国
日本国際問題研究所特別研究員 遠藤 哲也
再度の国民投票実施も
EUと共に“次善の策”模索を
「英国よ、どこへゆく(Quo Vadis,Britain?)」、この言葉が現実味を帯びてきた。来たる3月29日の欧州連合(EU)離脱期限は秒読みの段階にあるのに、事態は依然として藪(やぶ)の中にある。今後の成り行きはまったく分からない。メイ英首相が混乱している内政に配慮しつつ、EUとの厳しい交渉の結果、とりまとめた離脱協定案は1月15日の英議会で与党保守党から多くの造反が出て、圧倒的な大差で否決されてしまったし、その後、紆余(うよ)曲折があるも、EUと英国議会の納得を得るような離脱案はまとめられず、行方は混沌としている。英国にとってはもちろん、欧州諸国にとっても、日本、世界にとっても最悪のシナリオである「合意なき離脱」の可能性も大きくなっている。
最大の原因は英国自身にあるのだが、なぜこのようになってしまったのか。今後、現実的にどのようなシナリオがあるのか、それにはどのような問題があるのか、考えてみたい。筆者としては冷静、沈着、実務的で鳴らした英国人が英国の行方について最後の英知を発揮することを期待したい。
英国がEU離脱をめぐって、混迷状態に陥っているのは、そもそもEUに関して国論が分裂しているからである。それは今に始まったことではなく、1973年当時の欧州経済共同体(EEC)加盟の頃からであり、欧州よりは大英帝国の伝統に郷愁を抱く人が少なくなく、それがその後のグローバリゼーションの大波に揺さぶられ、EUへの懐疑を強めてきたからである。メイ首相の前任のキャメロン首相はその流れを読み違え、国民投票によってEUに関する国民分断を一層広げてしまった。政策の失敗であった。
いずれにせよ、現在の英国の政界、国民の間にはEU残留派、ソフト離脱派、強硬離脱派の三つの流れがあり、それにセンシティブな北アイルランド問題が加わって、これらの流れが一つにまとまっていくのは容易なことではない。極論を言えば、原点に戻って再出発するのが良いのかもしれない。他方、相対するEU側も独仏の結束は固いものの、多くの問題を抱えており、英国のいいとこ取りを許すわけにはいかず、厳しい交渉態度を取ってきた。
離脱問題の行方は、今の危機的時点でもよく分からない。以下に今後の現実的なシナリオについて、その問題点を合わせて考えてみたい。
第1に合意なき離脱。
最悪のシナリオであり、EU側、英国の双方とも大多数は何とかこれは避けたいと考えているようだが、時間の制約と時の流れによって、不本意ながら、このシナリオに追い込まれていく可能性も少なくない。英国がEU(当初はEEC)に加盟してから40数年、英国経済はEUに深く組み込まれ、一体化が進んでいくので、その関係が突如、打ち切られると大きな混乱を招く。
関税の復活、国境規制、輸出入の管理が必要となり、モノの行き来が滞りかねない。サプライ・チェーンが断絶され、英国およびEU双方の物流に支障を来す。ロンドンが一大国際金融センターであったのも、一つの国で免許を取れば、他のEU諸国でも営業できるというシングル・パスポート制度のおかげも大きく、合意なき離脱となると、その特典が失われる。現に、在ロンドンの銀行証券には、本拠地を移転する動きも出ているようだ。これは製造業についても同じで、英国を欧州の橋頭堡と考えていた企業も少なくなく、構造転換を迫られている。
第2に離脱の延期。
離脱協定案を英国議会で通過させるには、特に北アイルランドの取り扱いを中心とする修正が必要となるが、そのような修正案が可能か否か、仮に修正案が可能であるとしても、EU側がそれを認めるか否かの大きなハードルがある。
離脱期限が3月29日となっていて、時間が差し迫っている。英国議会は、とりあえずは延長には反対との態度を取っているものの、いずれにせよ、離脱の先延ばしにはEU加盟27カ国の承認が必要であり、延ばして解決の目途(めど)があるのか、EU側の意志統一をするのは簡単ではない。
第3に再度の国民投票。
交渉期間の延長問題と併せて考えられるのは、英国議会の総選挙、再度の国民投票である。メイ首相は2016年の国民投票で一度示された国民の意見は尊重されるべきで、再度のレファレンダムは不成立の立場を取っている。しかし、EU加盟国の中では、同じ問題について2回にわたる国民投票が行われた先例もあるし、英国の議会、国民の中には国民投票を求める声もあるので、成り行き次第ではあり得るかもしれない。筆者の個人的な意見としては、ここまでこじれては、一から出発する意味で、再度の国民投票も場合によっては考えられるのではないかとも思っている。
目前に差し迫った危機の中で、英国はEUと共に最善の策が無理であれば、次善の策を模索すべきである。
(えんどう・てつや)