オーストリア、NATO加盟に依然慎重
ウクライナ侵攻、欧州中立国に波紋
ロシアへの批判は強まる
ロシア軍のウクライナ侵攻は欧州全土にさまざまな波紋を投げ掛けている。その一つが中立主義の見直しだ。ウクライナ危機は、北大西洋条約機構(NATO)の加盟国でない限り、ロシア軍が侵攻してもNATO軍の保護を受けられないことを端的に示した。欧州には4カ国が中立主義を掲げている。その中の一国、オーストリアの事情を紹介する。
(ウィーン・小川 敏)
ロシア外務省は5日、オーストリア外務省に対して「中立主義を守るべきだ」と異例の警告を発した。オーストリアの政治家の間でウクライナ寄りの発言やロシア批判が飛び出してきたことへの警戒心からだ。
オーストリアは第2次世界大戦後、4カ国(米英仏ソ)の10年間の占領統治時代を経て、中立主義を国是とした。ロシアの前身、ソ連は、ナチス・ドイツ政権からオーストリアを解放した国であり、米英仏と共に1945~55年、オーストリアを分割統治した占領国の1国だ。首都ウィーンはソ連軍が統治したエリアで、市内のインぺリアル・ホテルはソ連軍の占領本部だった。シュバルツェンベルク広場にはソ連軍戦勝記念碑が建立されている。
そのため、オーストリアの政治家の中には親露派が多い。プーチン大統領を自身の結婚式に招待し、一緒にダンスした外相(カリン・クナイスル女史)がいたほどだ。同国の極右政党・自由党は、頻繁にモスクワ詣でをしてきた。フィッシャー元大統領(社会民主党出身)は任期12年間で8回、プーチン氏と会談したのが自慢だ。
ロシア軍がウクライナ都市への無差別攻撃を行い、多くの犠牲者が出ている。そのニュースが報じられるたびにオーストリア国内でもロシア批判の声が高まってきた。6日、ウィーン市内のロシア大使館前の鉄の門に赤いペンキが投げ込まれるという出来事が起きたばかりだ。大使館前ではウクライナ侵攻に抗議するデモ隊が気勢を上げる。そのたびにロシア大使館はオーストリア外務省に抗議するといった具合だ。シャレンベルク外相は、「わが国は軍事的に中立主義を維持するが、政治的には中立ではない」と、ロシアの抗議に反論している。
スウェーデンやフィンランドの北欧中立国では、北大西洋条約機構(NATO)加盟問題が公の場で議論され始めているが、オーストリアの場合、NATO加盟支持は依然、少数派だ。
野党第1党・社会民主党のワーグナー党首は、「中立主義はオーストリアの外交と安保政策の核だ」と主張。極右政党・自由党(FPO)も中立主義を貫いている。ホーファー国民議会第3議長(FPO)は、「オーストリアは包括的な国防の枠組みの中で中立国の立場を維持すべきだ」と訴えている。
一方、リベラル政党「ネオス」は中立主義の見直し議論の必要性を主張、「法的にオーストリアは、マーストリヒト、ニース、アムステルダム、リスボン条約の文脈でのEU法に基づく義務のため、中立性を既に放棄している」と指摘し、「中立主義の残滓(ざんし)を今こそ取り除くべきだ」と主張している。
コール元国民議会議長(与党・国民党)はメディアのインタビューの中で、「中立主義や非同盟主義は他国が攻撃してきたとき、守ってくれる国がないことを意味する」と指摘、NATO加盟を支持した。国民の4分の3は依然、中立主義を支持していることに触れて、「ロシア軍のウクライナ侵攻で国民は目覚めなければならない」と述べている。
いずれにしても、オーストリアは自国の上空をNATO軍機が通過するだけでメディアで報じられ、国内がざわつく国だ。
ウクライナ侵攻を受けてスウェーデンはウクライナに対戦車砲を、フィンランドはライフル銃などの武器を供給した。スイス政府は欧州連合(EU)によるロシア人の資産凍結に参加することを決めている。同国は2014年のロシアのクリミア併合を非難したが、対露制裁には加わらなかった。オーストリアは武器供給をせず、ウクライナからの避難民受け入れなど人道支援に力を入れている。