ゲノム編集は人類の脅威
アメリカ保守論壇 M・ティーセン
深刻な道徳的危機を招来
胎児の遺伝子操作の可能性も
中国の科学者が、ゲノム編集を行った初めての赤ちゃんが誕生したことを明らかにし、学界から非難の声が湧き起こった。米国の遺伝科学者はAP通信で「あまりに時期尚早」と指摘した。
しかし、問題はそれだけにとどまらない。今後も続けるべきなのかという問題だ。
中国人科学者、賀建奎氏は、CRISPRというゲノム編集技術を使って、シャーレの中で2人の子供のDNAを改変し、エイズウイルス(HIV)に強い子供をつくろうとした。米国の科学者が非難しているのはこの点ではない。実際に米国の科学者らも同じことをしている。2017年にオレゴン・ヘルス・アンド・サイエンス大学の科学者らが、CRISPRを使ってヒトの胚を改変し、未確認の病気にかかりにくくした。違うところは、賀氏が編集した胚を胎内に戻したことだ。米国の科学者らは、編集した胚を破棄した。
難病を遺伝学的な方法で無くすことができれば、確かに素晴らしい。しかし、ここには、一つの暗い現実が覆い隠されている。まず、遺伝子工学と、期待されている遺伝子治療は違うということ。医師らは、CRISPRを使って欠陥のある非生殖細胞のDNAを修復し、がん、遺伝子障害などを治療する。遺伝子治療では、遺伝子組み換えの影響を受けるのはその患者だけだ。遺伝子工学では、科学者は、人間になる遺伝子の構造全体を改変し、それは後の世代に受け継がれる。
人間の遺伝子情報をもてあそぶことは、パンドラの箱を開けることになりかねない。科学者らはいつか、病気から守るためだけでなく、遺伝的に改良された人間をつくり出すためにDNAを改変するようになる。筋ジストロフィーを撲滅できる技術と同じ技術を使って、筋肉を強化し、力やスピードを向上させることが可能になるかもしれない。認知症を克服するために使われる技術が、記憶と認識を強化することに使われることもあり得る。これが実行されれば、社会的に重要な意味を持つ。
◇社会的不寛容を助長
裕福な者だけが、オーダーメードの赤ちゃんを持つことができるようになる。つまり、少数の特権を持つ人々が、欠点を排除し、子孫の才能、美、身長、IQを向上させることができるようになる。そうすることで、何世代にもわたって特権を維持できるようになる。底辺にいる人々にはこれはできない。これは、誰でも努力すれば経済のはしごを上ることができるというアメリカンドリームへの致命的打撃となり得る。
実際に遺伝子工学は、底辺の人々から機会を奪うことにもなりかねない。例を挙げれば、底辺にいる人々が高等教育を受けようとすれば、スポーツや芸術の才能を持つ者に対する奨学金がある。しかし、遺伝子工学が通用する世界では、これらの強化されていない貧困層向けの奨学金はなくなり、それとともに、生活の経済的見通しを改善する機会もなくなる。不平等がはびこる現状を見るべきだ。遺伝子操作が行われる未来がどのようになるものなのか。
研究室で完全な子供がつくられるようになれば、いずれ社会は、不完全な人間に対して不寛容になり始める。遺伝子操作で病気を取り除かなったために子供が病気になったり、理解力が高められていないために他の人に後れを取ったりすると、社会にとって必要のない重荷と捉えられるようになる。改良された人々と改良されていない人々に分けられると、全人類への尊厳は失われてしまう。個人の責任も失われる。改良されていないためにできないことがあっても、それはその人の責任ではない。改良されていたために出来たとしても、評価されることはなくなる。ハーバード大学のマイケル・サンデル教授がこう指摘したことがある。「70本のホームランを、厳しい訓練と大変な努力によって打つことと、遺伝子操作で改良された筋肉の助けを受けて打つことは別であり、訓練と努力によるホームランの方が尊い」。遺伝子操作によって、自らの手で成功をつかみ取る使命感、さらには喜びが失われてしまう可能性がある。
◇性別の選択も可能に
女性が不平等な扱いを受ける懸念も生じる。遺伝子操作によって病気を取り除くことが可能になれば、子供の性別を選択することも可能になる。そうなれば性的差別が生じる。中国の例がそれをよく示している。「一人っ子政策」によって女児殺しが大量に行われた。性に対する差別が存在すると、その差別感情は遺伝子操作という形を取って表れることになる。大変な事態となる可能性がある。
捨てられる子供が大量に出てくることにもなる。体外受精では必ず、複数の胎児が存在するが、使用されることはない。厚生省の報告によると、米国内に60万以上の凍結受精卵がある。体外受精で遺伝子操作が普通に行われるようになれば、一気に急増し、深刻な道徳的危機が生じる。
重要なのはここだ。神のまねごとをすべきでないということだ。遺伝子研究で、病気を予防し、治療し、根絶できる可能性はある。しかし、特注の「スーパーチルドレン」をつくるために使われるようになると、道徳的一線を超え、引き返せなくなってしまうかもしれない。
(11月29日付)






