卸売市場の概念変える新SFM

東京財団政策研究所上席研究員 小松 正之

シドニー観光の目玉へ
地域住民との触れ合いも重視

小松 正之

東京財団政策研究所上席研究員 小松 正之

 オーストラリアのシドニー・フィッシュ・マーケット(SFM)はニューサウスウェールズ(NSW)州政府が1960年に開設し、魚介類を小売業やレストランに販売する卸売市場だったが、2006年に州政府の方針で民営化された。

 その後、魚介類の供給者である漁業者、水産物の取り扱い者である卸売会社と市場内に区画を有するレストランと小売店(テナント)が株主となり、市場運営の責任はSFM株式会社を設立し、州に代わって同社が担った。

建物のデザインも奇抜

 魚介類の販売は、民営化以前は、市場経由が義務付けられていたが、その後は自由化された。それでも市場取扱量は増加している。それは、一つは集荷の努力により、今まで取り扱っていなかったアジア系住民が好む水産物を発掘し取り扱ったからだ。また、個別譲渡性漁獲割当(ITQ)をSFMが保有したことがもう一つの理由だ。すなわち、シドニー沖、メルボルン沖やタスマニア沖で操業する連邦政府直轄の漁業の漁獲割当量の15%を保有し、それを漁業者に貸し付けてSFMへの搬入を条件付けたからだ。

 新たに建設されるSFMは、14年からの検討期間を経て、20年から工事を開始し、24年に完成予定である。新SFM建設場所は市内の中心街からタクシーで10分程度と近いブラックワトル湾の南側で、現在のSFMの隣接地である。2・2㌔も旧市場から遠ざかった豊洲への移転と違って、近所への移転である。総事業費は7億豪㌦(490億円)で、6800億円を要した豊洲市場の14分の1の規模である。

 新SFMの建設には反対も多かった。しかしSFMは1960年から現在の駐車場のスペースで営業を始め、その後、90年代後半から現在のビルに入居した。だがこの施設は70年代に建設されたもので、老朽化が進み、天井から雨漏りがし、ひび割れも目立っている。

 現在、SFMへの訪問者と観光客数は年間約300万人であるが、これを新SFMでは500万~600万人に増やし、うち90万人は国際的な集客を期待している。SFMは卸売市場としては南半球最大だが、取扱量は年間1万2000㌧(豊洲は34万㌧)しかない。売り上げも8000万豪㌦(56億円)程度(豊洲は約4000億円)だが、将来は3億~5億豪㌦(210億~350億円)に増加させたいとしている。

 しかし、卸売りに重点を置くことは現実的ではなく、観光と地域住民との親和性を重視する方針を明確にした。新しい建物のデザインも、デンマーク人の設計者にこのコンセプトを説明し、シドニー・オペラハウスのように奇抜ではあるが芸術性があり、人々がくつろげるような設計になっている。シドニーの観光アトラクションの中心地となることを意図しており、オペラハウスと並ぶ名所になることを関係者は期待する。

 新SFMは3階建て、地階は駐車場、1階は卸売市場でオークションも見学でき、2階はレストラン、カフェや小売店街になる。訪問者が地階から1~2階に移動する時に新鮮な魚介類の物流が見られる構造である。

 オペラやコンサートも鑑賞でき、ウオーターフロントの階段・雁木(がんぎ)には人々が座って楽しめる。安全柵や手すりは、シドニーのダーリングハーバーと同様に一切設けない。これらの設置は人と自然の距離を遠くするとの考えからだ。

豊洲がどこまで参考に

 市場見学ツアーも引き続き実施する。また水産物の調達、資源管理の監視とその紹介プログラムも継続する。シェフを呼び、質の高い豪州ワインも楽しめる料理教室も提供する。

 豊洲市場とは全く好対照をなすフィッシュ・マーケットをSFM運営会社とNSW州政府は目指している。今後、豊洲市場も時代と環境の変化に対応して、運営の改善と改革を行っていくことが生き残りと再活性化に重要である。世界一の水産物市場といっても、いつまでも甘えは許されない。どこをどのように参考としていくかである。

(こまつ・まさゆき)