旧態の漁業権の廃止を急げ

小松 正之東京財団政策研究所上席研究員 小松 正之

国が管理すべき水産資源
水産庁改革案では衰退加速

 6月1日、農林水産省は「農林水産業・地域の活力創造プラン」において「水産政策の改革について」を発表した。しかし、このプランの中には、明治時代以来、旧態の制度で、沿岸漁業衰退の元凶と閉鎖性の基となっていた漁業権の廃止を含んでいるわけでもなく、西洋諸国に倣った科学的資源管理と利益を上げ得る体質に水産業を変革する方針を伴ったものでもない。単に現状をベースにした、将来の明確な方向も見極めない対策が並べられている。

 1984年には1282万トンの漁業生産量を誇ったわが国の漁業も、昨年はわずか430万トンで、この36年間に遠洋漁業で失った漁獲量174万トンを含め852万トンを失った。すなわち日本の200カイリの排他的経済水域内だけでも678万トンを失ったことになる。海洋環境の変動によるものもあるが、大半はわが国の水産資源の管理に関する水産政策の誤りと、土木工事で優良な沿岸域の藻場、干潟、浅瀬と湿地並びに良好な河川と河口の喪失により失ったと考えて適切である。実に昨年の漁業生産量の1・6倍に当たる漁獲量を失っても、水産資源と海域の管理に抜本的な改善・改革策を取らないできたわけだ。

 6月1日の水産政策の改革案も何ら抜本的な解決策、すなわち漁業権制度と漁業者の人間関係を基に漁業操業を許す現在の法制度とシステムを直そうとは全くしていない。改正案には何らの水産業の再生の具体的な目標がない。

 海洋水産資源は国民共有の財産である。この概念は国連海洋法条約第61条他に根拠がある。海洋水産資源は国家が責任を持って管理すべきだと明確に定められている。国連海洋法条約が制定された前後に、世界漁業先進国ではその国内法に定められた「海洋水産資源は国民共有の財産」との条項が、わが国の漁業法や民法の国内法には記載されていない。これは世界的に見て大変に恥ずかしいことである。

 逆に、わが国は民法の規定にのっとって「海洋水産資源は無主物であり、先に漁獲した者が占有する」との明治時代の考えを一向に改めない。誰の物でもなければ、誰も海洋法でいう科学に基づく資源の管理を行おうとしない。政府と漁業者も漁業資源の乱獲に歯止めを掛けないから漁業の衰退が促進した。

 本来であれば、わが国は国連海洋法を批准した96年に即座に、同法の基本的な考えを入れて、漁業権の廃止を含み、科学的な根拠に基づく全体と一人ひとりの漁業者の漁獲の総量設定を義務とする新たな漁業法制度に抜本的に改正すべきであった。いまだにこれを行っていないわが国の水産政策は国連海洋法条約の趣旨に反すると言える。

 また、国連海洋法では、海洋水産資源の管理は民間機関が行うべきではなく、国や都道府県が行うものと規定されている。わが国の漁業協同組合など民間機関には科学的評価能力も取り締まり能力もないからである。従って漁協が漁業権を管理する明治以来の古い、わが国漁業の後進性を支えてきた制度を廃止することが、国際的な動きと定めにも合致する。そして漁協の管理する漁業権に代わって、国際的な規範である国と都道府県(世界各国の場合は州政府)が漁業と養殖業に直接許可を出すことである。真に漁業と養殖を営む人と会社に許可する。

 ところが、水産政策の改正案では水産庁は漁業協同組合に管理の業務を委託しようとする。世界的な漁業と養殖業の法制度に全く逆行している。海洋水産資源を科学的根拠に基づいて管理するのは各国政府である。

 豪政府は、民間機関による管理はその職能上できないし、管理することも不適切であると結論付けている。民間機関の漁業権による管理や都道府県からの管理権限の漁協への委託は、国連海洋法の概念と目的にそぐわない。米国においても漁業と養殖業の管理は政府である。

 明治時代に紛争の調整仲介を目的に始まった漁業権は現代では機能しない。人間関係での紛争処理が目的の漁業権は、科学的管理を行う能力を有しないし、適切性もない。「俺のもので縄張り的」な「場」の概念である漁業権は、資源管理に機能を果たすことはなかった。

 水産庁案は、漁業権の優先順位は廃止すると言いながら、現在の漁業者と養殖業者の実績を優先するとしている。本来は漁業と養殖業への許可は経営力、技術力や環境への配慮力で判断すべきである。

 同改革案はまた漁協が漁場管理計画を作った場合には漁場管理を委託すると述べる。時代逆行の漁業権の強化をもくろんでいると見える。これは管理の能力と機能を持たない漁協の誤った活用であり、制度の改悪であって、補助金を投入する根拠としたい意向が透けて見える火事場泥棒的対策である。既得権を是認するのではなく、科学的根拠に基づく持続的漁業に漁業法制度とシステムを抜本的に改革しないと、日本の漁業はさらに衰退しよう。肉食に負ける魚食の一層の交代もさらに進もう。

(こまつ・まさゆき)