独が難民政策を修正 実現性は不透明、波紋も
欧州連合(EU)の盟主ドイツで2日、メルケル首相が率いる第1与党「キリスト教民主同盟」(CDU)と連立パートナー、バイエルン州の地域政党「キリスト教社会同盟」(CSU)のゼーホーファー党首(内相)との間で難民受け入れ政策が合意に達した。CDUとCSUの分裂は回避され、第4次メルケル連立政権は崩壊の危機を一応脱したと受け取られているが、合意内容が実現できるかは不透明だ。
(ウィーン・小川 敏)
EU諸国は国境閉ざす
受け入れ協定を渋る登録国
メルケル首相は難民返還問題では、「一国の単独決定ではなく、欧州全体の共同対策を取るべきだ」と常に主張してきたが、合意した内容は実際はその発言内容に反し、ゼーホーファー内相の主張を受け入れたものだ。
同内相によると、合意内容は①欧州内で一度難民登録をした難民は登録先に送り戻す②バイエルン州とオーストリアの国境間に収容施設を設置③ドイツはEU加盟国と難民受け入れに関する2カ国間の行政協定を締結する――、などが明記されているという。ただし、社会民主党(SPD)を加えたメルケル連立政権の与党会合で②は撤回されることになった。
ドイツでは、約1万8300人の難民がドイツ入りする前に他の欧州の国で登録済みだったという。今後、そのような難民は最初に登録した欧州の国に送還される。もちろん、その前に最初に登録した国との間で難民受け入れの行政協定を締結しなければならない。メルケル首相は、ギリシャ、スペイン、フランスなどと既に協定を締結済みだと述べたが、「ドイツとそのような協定を結んでいない」と表明する国が出てきて、波紋を広げた。
ドイツ政府の難民政策の修正を受け、その影響を直接受ける隣国オーストリアでは3日、クルツ首相、シュトラーヒェ副首相(極右政党「自由党=FPO」党首)、キックル内相(FPO出身)が緊急会合を開き、「ドイツ政府の難民政策がわが国にマイナスをもたらすような事態が生じるなら、南部国境を閉鎖することも辞さない」(クルツ首相)と強調した。
ゼーホーファー内相は5日、オーストリアを訪問、クルツ首相らオーストリア政府首脳と会談し、ドイツ政府の難民政策を報告、理解を求めた。が、いずれにしても対スロベニア、対イタリア国境を厳しく管理することになる。最悪の場合、対ドイツ・バイエルン州との国境もだ。
一方、これまでリビアから殺到する難民ボートを受け入れてきたイタリアは、サルビーニ副首相が3日、オーストリアのキックル内相に電話で「わが国はオーストリアから返還された難民を受け入れない」と通告してきた。6月1日、大衆迎合運動「5つ星運動」と極右政党「同盟」(リガ)のジュゼッペ・コンテ連立政権が発足したが、新政権は「わが国は今後、一人として難民を受け入れない」と主張。「ドイツの難民政策が実際に履行される場合、対オーストリアのブレナー国境線を閉じる」と警告を発している(マッテオ・サルビーニ伊副首相)。
イタリアの対応を受け、スロベニアも何らかの対策を強いられるだろう。オーストリア日刊紙プレッセ(4日)は「欧州域内国境でドミノ効果」と表現しているほどだ。このように、加盟国の域内国境の監視・閉鎖がもたらした力学は欧州の域外国境線まで拡大されていく。
「難民ウエルカム政策」、「難民受け入れ最上限設定拒否」、そして「難民強制送還拒否」といったメルケル首相の一連の難民政策が欧州の今日の分裂をもたらしたことは間違いない。信念ある政治家である同首相にとって不幸だったことは、北アフリカ・中東から殺到した難民・移民の数が想定外の規模だったことだ。欧州国民が有している寛容、連帯感を上回る難民の津波に遭遇し、欧州の共通の価値観は吹っ飛んでしまったのだ。
いつだったんだろう、EUが“人、物、サービス、資本の自由な移動”を宣言し、そこに住む国民は煩わしい国境コントロールを体験せずに、他のEU内を自由に移動できたことを喜んだ日は。ベートーヴェンの交響曲第9番の最終楽章「歓喜の歌」の合唱が響き渡った日々が遠い昔のように感じられる。
EU加盟国は、もはや誰も欧州の歌「歓喜の歌」を合唱しようと考えず、できれば誰にも気が付かれないように域内国境を閉鎖しだしたのだ。