参院選で見えた沖縄自民の課題

OKINAWA政治大学校名誉教授 西田 健次郎

若者層動かす戦術が必要
堂々と「辺野古反対」に反論を

西田 健次郎

OKINAWA政治大学校名誉教授
西田 健次郎

 筆者は26歳でコザ市(現在の沖縄市)議会議員に当選した。以来、市議3期、沖縄県議会議員5期を全てトップ当選してきた経験がある。引退後もさまざまな選挙で76歳となった現在まで参謀、あるいは、現場の指令として一生懸命に汗を流している。50年間、政治と選挙まみれの厳しい人生の日々であったと言っても過言ではない。

 それゆえ、選挙の戦略・戦術では県内で数少ない行動力と弁舌において元気な老兵という自負もある。7月21日に投開票された参議院選挙では沖縄選挙区の安里繁信氏を応援するため、選対本部、沖縄市支部選対にいたが、従来とは異なるやり方に違和感があった。

不首尾だった電話作戦

 選挙の戦いは政策、スローガン、お手振り、懇談会、街宣、ビラ、名刺、あいさつ回りや事前の戸別訪問、電話作戦など、全ての作業を効果的にこなして結果を待つ、総合の芸術である。

 それなのに今回、筆者が不可解だったのは、まったくフリーでできる電話作戦が組織的または継続的に実施されていなかったことだ。

 各種団体・企業からボランティアで協力してくれる馴染(なじ)みの女性たちの姿が見えなかった。選挙本部、支部には連日のように集票(加入者)カードが届いており、かなりの割合で携帯番号も記入されていた。その方々に加入のお礼と期日前投票などのお願いの電話作戦も不首尾に終わったに違いない。なお、相手候補陣営からは電話があった。自分自身が電話番号登録している人や知人に電話することも肝要であることは言うまでもない。

 安里陣営はアメリカ型の選挙態勢をつくり上げ、すさまじい行動力で演説内容も良く、筆者が感涙するほどの熱声で素晴らしかった。ポスター、ビラ、名刺など優れたメディアもあった。細かいことになるが、有権者に候補者の熱い思いを真摯(しんし)に訴えたいのは分かるが、ビラは読ませるのではなく、見せるものでなければ効果がないのだ。

 残念なのは、相変わらずの左翼地元マスコミが意図的に相手候補がリードしているという報道を流し、支持者にはやる気をなくした人も多くいた。「辺野古移設反対」のワンイシューに勝てないという沖縄の異様なムードに嫌気が差していた。

 それにもかかわらず、安里陣営はかつてない運動を展開していたが、若者層の投票率が20%台という低さにショックを受けた。高い支持を受ける若者を投票所に向かわせる戦術を徹底できれば、安里候補の勝利もあり得た。

 普天間飛行場の危険性除去の早急な解決には、地元も了解している名護市辺野古しかない。それに反対するのであれば、どうするのか、代案も提示できない。しかも投票率が52%しかなかった辺野古埋め立ての是非を問う沖縄県民投票を根拠に「民意だから」と騒ぐだけでよいのだろうか。

 安里候補は自民党公認候補らしく、この問題で堂々と論詰(ろんきつ)し、鋭く反論すべきだった。自民党公認である時点で有権者は基地問題の立ち位置は分かっているのだから、世論迎合主義的な姿勢が同志の動きを鈍くしてしまったのではないかと思慮している。

 選挙の結果、沖縄県民はまたまた革新系無所属の代表を国会に送ってしまった。希望する委員会に所属もできず、質問もままならない無所属議員は、政党政治の国会では無用の長物でしかない。

 玉城デニー知事は「私は保守中道だ」と嘯(うそぶ)いているが、保守ならば、南シナ海の海と空を強奪し、次は東シナ海で尖閣諸島(石垣市)さらには沖縄本島までをも占領しようとし、一帯一路の世界戦略によって近未来には軍事・経済でアメリカを凌(しの)ぐ覇権国家と正式に宣言して着々と計画を進めている中国に対峙(たいじ)する思想と行動哲学が必要条件である。

玉城県政との対決期待

 辺野古は反対なのに、那覇空港拡張の滑走路増設のための埋め立てと那覇軍港移設のための浦添西海岸の埋め立てにはなぜ賛成なのかという論理矛盾にはっきり答えてない。また、県発注事業における業者との馴(な)れ合い談合、選挙功労人事など、玉城県政には弱みがある。自民党をはじめとする保守勢力には玉城県政を徹底的に立ち往生させるよう頑張ってもらいたい。ただし、維新は「辺野古は県外国外」と言っている迎合主義では信用できない。

 最後に、県議会における自民党会派の奮闘に拍手を送りたい。

(にしだ・けんじろう)