トランプ政権の「ならず者外交」

アメリカン・エンタープライズ研究所客員研究員 加瀬 みき

非公式ルートで裏工作
大統領弾劾調査で明らかに

加瀬 みき

アメリカン・エンタープライズ研究所客員研究員 加瀬 みき

 トランプ大統領の弾劾を調査するアメリカ議会下院の合同委員会が証人喚問を進めているが、弾劾の証拠が固まるのと同時に、公式外交とは別のルートで裏の外交が進められていた様が明らかになっている。

 ペロシ下院議長が弾劾調査に踏み切ったきっかけは、内部告発者の訴状であった。トランプ大統領がゼレンスキー・ウクライナ新大統領との電話会談で、ウクライナ向け安全保障支援資金の拠出と引き換えに来年の米大統領選挙で民主党の有力候補とされるバイデン前副大統領とその子息の汚職などの悪事を調査するよう依頼したという内容であった。

邪魔になった大使解任

 ウクライナ工作に関わったとされるウクライナ出身のレフ・パルナスとベラルーシ出身のイゴール・フルマン両容疑者が、合同委員会での証言を前に海外資金の献金の疑いなどでマンハッタン検察当局に逮捕・起訴された。数日後、ヨバノビッチ前駐ウクライナ大使、さらにはヒル元国家安全保障会議欧州・ロシア担当首席顧問、ケント国務次官補(ウクライナ担当)、マッキンリー元国務長官特別顧問、テイラー・ウクライナ大使などが議会証言した。

 その結果、春からウクライナ政策が大統領の指示の下、非公式ルートに乗ったことが判明した。マルバニー首席補佐官代行がペリー・エネルギー長官、ソンドランド駐欧州連合(EU)大使、ボルカー・ウクライナ特使に裏のルートに関わるよう伝えた。

 大統領の顧問弁護士であるジュリアーニ元ニューヨーク市長が現場を担い、バイデン氏の子息が関わっていたブリスマ社や2016年大統領選挙へのウクライナの介入を探る「ならず者外交」を進めていたことも判明した。逮捕・起訴されたパルナス、フルマン両被告はジュリアーニ氏の指示の下、ウクライナの関係者への工作を図った。

 ヨバノビッチ前大使は国務省32年のキャリア外交官。ウクライナにおける汚職撲滅運動に関わっていたが、トランプ大統領やジュリアーニ氏は、大使がバイデン親子調査の妨害となるとみなし、解任を図ったとされる。

 トランプ大統領はゼレンスキー大統領に汚職調査を依頼したことは否定していない。しかし側近たちも選挙対策の一環とは認めず、また安全保障資金援助との交換条件ではなかったと主張してきた。ところがマルバニー首席補佐官代行がハッキングされた民主党全国委員会のサーバーが証拠隠滅のためにウクライナに持ち運ばれたという陰謀説の調査が資金援助との交換条件だったと口を滑らした。さらにはテイラー大使がブリスマ社とウクライナの16年大統領選挙への介入調査をゼレンスキー大統領が引き受け、それを公表することが全ての交換条件だった理解するに至ったと証言した。

 トランプ大統領が自己の政治目的のために他国の指導者に圧力をかけ、資金援助をその代償としていたことは明らかで、これは外国人による選挙活動への貢献や資金を求めたり受け取ったりすることを禁じている選挙資金法に違反する。

 ヨバノビッチ前大使は証言の中で国務省が形骸化してしまっていると述べ、また国務省キャリアでポンペオ長官とキャリア外交官たちの仲介者となるべく特別顧問となったマッキンリー氏は、キャリア外交官たちへの仕打ちや、公式の機能を無視し裏の外交が進められていることに抗議し、辞任した。

 突然のシリア北東部からの米軍撤退、トルコの同地域への派兵はトランプ大統領のエルドアン・トルコ大統領との電話会談で決まった。その後数週間の内にアメリカのパートナーであったクルド人はトルコ軍に攻撃され、多くの民間人も犠牲になっている。捕獲されていた「イスラム国」(IS)の兵士は戦線に戻り、ロシア、トルコ、シリア軍が同地域を分割した。アメリカの威信は大きく失墜した。

崩される外交体制の礎

 こうした外交の失敗、そして自己の政治利益のための闇の外交にさすがに共和党の一部も弾劾への姿勢が変わっている。しかし、アメリカと付き合う国々にとって弾劾調査が明らかにしている一番の問題は、大統領の了解の下、フリーランスの闇の外交が進められ、蓄積された知識や経験は排除され、公式の外交体制の礎が崩れていることだろう。

(かせ・みき)