菅首相の「防衛力強化の決意」

元統幕議長 杉山 蕃

対艦攻撃能力の刷新必須
SSN対処、原潜装備の検討を

杉山 蕃

元統幕議長 杉山 蕃

 4月14日バイデン米大統領にとっては、最初の首脳会談となる菅首相との会談が行われた。実に結構なことと考えている。会食・ゴルフなしで、僅(わず)かにハンバーグ一個の「冷遇」と貶(けな)す者もいるが、共同声明はなかなか筋の通ったものであったと評価したい。特に防衛安保面で、中国の国際法を弁(わきま)えない行動に対し、自由航行の原則を再認識し、地域の安全保障を一層強化するため「自らの防衛力を強化することを決意した」と声明し、台湾問題にも「両岸関係の平和的解決を促す」と論及したことは、米中の対立が激化する中、我が国の立場を鮮明にしたもので、大変結構なことと評価する。今回は、防衛力強化について所見を披露したい。

戦闘開始の形態に変化

 今回の「防衛力強化の決意」に至る過程には、中国の海軍を中心とした異常な軍事拡張に対し、トランプ・安倍時代から必要な対応力を構築していく必要性は、日米共に共有する課題と認識されていた。我が国にあっては、ヘリコプター搭載護衛艦(DDH=いずも、かが)の戦闘機運用形態への改修、ステルス戦闘機(F35A、同B)の増加購入、対艦ミサイルの射程延伸等がその流れである。

 今回はさらに台湾情勢の緊迫化等を予想し、さらなる強化を決意したと受け止められている。この表現には、先に行われた防衛安保2プラス2での協議を踏まえ、十分すり合わせた表現と考えられ、然(しか)るべき成り行きなのであろう。そこで、強化の方向について見てみたい。

 まずに指摘したいのは、ともすれば艦艇数、航空機数、戦闘車両数といった「分かりやすい」数値で論ぜられるが、今や「ミサイル」の時代、如何(いか)に高性能な誘導武器を集中できるかが焦点となっている。読者にも記憶する方が多いと思うが、先のイラク戦争においては、米軍トマホークによる一斉攻撃で始まり、早々に航空基地、ミサイル陣地、レーダーサイトを制圧、絶対制空権下で、地上戦を有利に進めた。

 すなわち、航空撃滅戦から始まる従来の戦闘形態は、長距離誘導武器による撃滅戦に移行していると見なければならない。特に洋上の艦艇は経空誘導武器の攻撃に弱いとされることから所望の海域に集中できる誘導武器体系を、大きな指標とするべきと考えている。我が国は特異な列島地形であり広大な領海・経済水域を有することから、移動・集中が容易で、強靭(きょうじん)な作戦遂行を目指す独特な兵器体系を、陸海空宇宙を利用して統合的に構築していく必要がある。

 因みに軍事技術の進む米露においては、対艦攻撃用の大型無人機・ドローンの開発が進んでおり、新しい技術の開発が重要視される情勢である。また、日米首脳会談直後、米上院で圧倒的多数で可決された対中国戦略と言える「2021戦略競争法」では、日本をはじめとする同盟国の自主開発をサポートする第1項に長距離精密火力(LRPF)が挙げられ、対艦攻撃能力の刷新が必要な我が国と軌を一にする流れが決議されている。今後、防衛計画の大綱をはじめとする防衛力整備の基幹が改定されていくことになろうが、我が国らしい防衛力構築を目指してほしいものである。

 もう一つの懸念は攻撃型原潜(SSN)への対処である。水上艦艇に対しては陸海空の対艦精密誘導兵器で対応するとしても、対抗手段に乏しいのがSSNの脅威である。中国は既に戦略原潜とは別に、10隻程度の商級SSNを就役あるいは建造しており、ますます増勢の傾向である。前にも紹介したが原潜と通常型潜水艦は、性能の差が大きく「オートバイと自転車」以上の差があり、同一兵器とは言えない。原潜装備へのアプローチは中期業務計画のたびに部内検討されたようであるが、残念ながら実現に至っていない。今回の「決意」を機に、ぜひ検討の俎上(そじょう)に載せてほしいと考えている。

意思決定の迅速化図れ

 最後に訴えたいのは、政治的意思決定迅速性の問題である。先ほどのイラク戦争の例でも、瞬時にして緒戦の行方が決まる昨今の状況で、国会の承認を前提とする意思決定過程の時間経過が、はなはだ心もとないのは、皆さん共通する懸念であろう。5年前の安全保障関連法の成立で米軍支援をはじめ幾つかの予想事態で行動しやすくなったのは結構であるが、「予想外の事態」に、その都度特措法を審議する状態は戴(いただ)けない。危機管理・緊急事態に迅速に機能する法制・指揮命令体制の整備を強く要望しておきたい。

(すぎやま・しげる)