米入学差別百年史と東京医大
ユダヤ系や女子が標的
割当枠制度で既得権益守る
東京医科大が女子の合格者を全体の3割以下に抑えるため、長年にわたり女子受験者の入試得点を秘密裏に一律減点してきた事実が暴露された。この報道に接した時、筆者の脳裏に閃(ひらめ)いたのは米高等教育界において繰り返されてきたクオータ・システムとの類似性だ。クオータ・システムとはもともとは特定の人種・宗教的少数派集団や女性を狙い撃ちにした差別的な入学定員割当枠制度を意味する言葉だ。簡単に言えば標的とされた集団はいくら高得点を取っても事前に定めた割合を超えて合格させぬという学内の極秘の取り決めだ。
最新の事例は21世紀初頭、米法科大学院の名門校で実施されたものだ。法科大学院を終了し大手法律事務所就職を目指すコースはアメリカでは野心的な若者が群がり集まる人気の進路なのだ。稼ぎに上限のある医師と異なり、企業買収・合併の助言を行う弁護士の報酬は青天井だからだ。日本同様、アメリカでも筆記試験における女子の平均成績は男子より高く、いつの間にか法科大学院合格者に占める女子の割合が過半数を超えてしまった。
これを看過できぬと動いたのが法科大学院の幹部たちだ。女子は司法試験の合格率こそ高いが、就職後激務に耐えながら法曹界で出世し、母校の威信を高めてくれる著名法曹となる割合では男子に及ばないという理由からだ。この米クオータ・システムが東京医科大のそれと酷似しているのは女子を標的としている点だけではない。差別理由についても「女性は年齢を重ねると医師としてのアクティビティーが下がる」と語った東京医科大関係者の証言と内容的に重なり合うからだ。ともあれこの悪しき慣行はマスコミ報道により実態が暴露され、大学院側の謝罪と再発防止の決意表明をもって事態は収束に向かったのだ。
次に古いクオータ・システムは1980年代、アジア系移民第2世代の若者たちの合格者を減らすために設置された。カリフォルニア州の名門大学を舞台に繰り広げられたその訳は同州が全米最大のアジア系移民集住地であったからだ。当時、中国系や韓国系移民の子供たちの学業成績は抜群で、米西海岸の名門大学合格者中4分の1を占めるほどになっていた。背景にはアジア系家庭内の教育重視の文化があった。この状況に危機感を抱いたのが大学当局者であった。見過ごしにすればキャンパスの文化的主導権はアジア系に奪われ、多数派白人集団の既得権益も脅かされてしまう。かくして大学当局はアジア系の入学者数を制限する差別的割当枠を設置したのだ。けれどこの差別も法科大学院の時と同じ結果を迎えるのだ。
最も古く、長期にわたり猛威を振るったのは1920~40年代、ユダヤ系の入学者数削減を目的に設置されたクオータ・システムだ。さまざまな専攻分野に波及したが最も激化したのは医学系だった。民間大企業の雇用差別に直面した多くの優秀なユダヤの若者が開業医を目指し殺到したからだ。後にノーベル生理学医学賞を受賞したほどの人物でさえ、医科大から不合格とされた事例は当時のユダヤ人排斥の激しさを物語るエピソードだ。彼は医学への道を断念し、専攻を薬理学へ変更したのであった。立案・運用が学長や入試委員を務める一部の教授に委ねられ、長年にわたり機密が保持されてきた点で東京医科大の件と類似している。
ユダヤ系の入学志願者たちは自分たちが不当に差別されていることに薄々気付いていた。しかし確たる証拠をつかめなかったので抗議の叫びを上げる者は現れず、ひたすら自助努力に努めた。この点も日本で医大を志望する女子たちに残された選択肢と同じだ。ユダヤ系の自助努力とは併願校数を増やす、黒人専用の医科大に「自分は肌の白い黒人である」と偽って出願する、学業成績を重視して相対的に公正な合否判定を下していた欧州の医科大を受験するといった対応策だった。その規模たるや30年代には毎年1000人近い在米ユダヤ人の若者が欧州の医科大に入学したと推定されるほどだ。
米医科大側が差別を行った理由の第一は集団としての既得権益を守ろうとしたことだ。医師という特権的職業を自分たちの既得権益と見なしていたエリート白人集団が競争の場から強力な新参者を排除しようとしたわけだ。第二は財政的理由だ。学生納付金だけでは支出を十分に賄えぬ米私立大にとって、入学時に大口寄付を期待できる受験生を優遇することは経営的見地から重要な政策だった。この点でユダヤ人学生の大半は移民家庭の出身者で、実家はいまだ経済基盤の確立途上にあり、大学財政の後援者とはなり得なかったのである。この第二の理由は東京医科大の事例と共通している。東京医科大でも多額の寄付金を期待できる一部志願者を優先的に合格させてきた事実が明らかとなっているからだ。
さて1世紀にわたり標的を3度変えながら現れては消えた米クオータ・システム。熾烈(しれつ)な競争社会の中で特権をめぐる競争がある限り「4度目」も起こるやもしれぬ。またわが国でも「医学部志望の女子」以外に新たな集団が標的となるのだろうか。将来にわたり事態を注視したい。
(さとう・ただゆき)






