留学意欲が旺盛なマレーシアの学生

マレーシアの教育現場で(上)

マレーシア日本国際工科院准教授 原 啓文氏に聞く

 マレーシア日本国際工科院(MJIIT)は、マレーシア工科大学の下に日本型の工学教育を導入するため、日本・マレーシア政府の合意を踏まえて設立された学術機関で、5年前にマレーシアの首都クアラルンプールに設立された。日本から20人近い教員が派遣されているが、若手ナンバーワンの原啓文准教授に教育現場の実態と展望を聞いた。(聞き手=池永達夫)

依存心脱却が課題/米英豪の大学分校設立ブーム
地域の特性活かした研究を/隣国に巨大マーケット

マレーシアでは、どういった活動をしているのか?

 日本の研究現場を見てほしいということで、3カ月から半年、筑波大学などの研究現場にマレーシア人院生など、昨年から十数人を送っている。

原 啓文氏

 はら・たけふみ 1976年3月7日生まれ。佐賀県鳥栖市出身。長岡技術大学大学院卒。カナダ、ブリティッシュ・コロンビア大学留学。岡山理科大学准教授を経て、MJIIT准教授。特技は「人見知りしないこと」と言うだけあって、誰とでもフランクに話す。研究室には女子学生が行列を作っていた。そうした行列をかき分けてインタビューしたのは記者としても初めての経験だった。座右の銘は「一期一会」。

うまくいっているのか。

 一番頭を悩ましているのが、実は食べ物の問題だ。マレー人なので、イスラムの食規定にあったハラル食品じゃないと食べられない。

マレーシアの学生が日本留学したいという対象は大体決まっているのか?

 MJIITの場合は、機械工学とバイオ環境とあるが、私は環境系なので環境系が多くなる。マレーシアは親日的な国なので、日本に留学したいという希望は多い。

なぜ親日的なのか?

 一つ聞いた話では、イギリス統治時代に、イギリス人を追い出したのが日本人だったというのがあるらしい。もう一つは、日本のアニメをこちらの子供は見ているので、その影響があるのではと思う。

 ただ、留学資金の面で支援している事情はあるにせよ、基本的に日本に行きたいという子は多い。留学してみようという意識は、日本の学生より高い。日本人学生に留学を勧めても、二の足を踏む子は多いが、それに比べてこっちの学生は、行く気はあるかと聞くと、大抵行くと言う。しかも、今まで外国に行ったことはあるのかと聞くと、これも大抵、無いと言う。

マレーシアは半島国家だが、昔から海のシルクロードの拠点としてのマラッカなど流通ルートでもあった。そうした歴史から新しいものに抵抗がないのでは?

 特にマレーシアはマレー系だけでなく、中華系やインド系もいる。

他民族混合型の学生の問題点は?

 MITはUTMという国立大学の下にある。だからマレー人優遇のブミプトラで守られてしまう。そうするとどうしても、マレー系の比率が国家の民族構成率よりも高くなる。私のところに修士と博士と23人いるが、インド系と中華系は1人ずつしかいない。中華系もインド系も、マレーシア国内ではなく、外国の大学に入るケースが多い。

外国留学だとどこが人気なのか。

 マレーシアの場合、ほとんどが元宗主国のイギリスになる。こっちの大学の先生の名刺を見ると、どこで学位を取ったか書いてある。それがステータスになっている。アメリカはまずなく、英国が主流派だ。

 マレーシアはルックイーストといって日本を見ながらも、欧州、ヨーロッパも見ている。日本で教えている時、海外を意識することはあまりないが、こちらで教えていると視野が広がるかもしれない。

学生の民族意識は?

 他民族だから、すべての人が仲良くしているかというとそうでもない。結局、住んでいる所も違うし、言語も違う。中国人は中国語で生活できる所を選びたがる。だから中華系の店では、英語が通じなくて中国語しか通用しないとこもある。クアラルンプールは、英語で生活ができる特別な場所だ。ところが、ちょっと田舎に行くと、英語が通じなくなるというのが結構ある。

同じマレーシアでも格差が存在する?

 すごくあると思う。クアラルンプールだけ見ていると、都会に見えるが、ここを離れてしまうとカンポン(田舎)だらけだ。国の総人口の3分の1ぐらいが、こうした田舎に住んでいる。

マレーシアのナショナルゴール2020は具体的にはどういう目標を設定しているのか?

 1人当たりにGDP(国内総生産)を2万㌦にというのが、目標ラインだ。今は1万㌦だ。それでも東南アジアでは高い方で、シンガポールに次ぐ上位にある。タイは5000㌦ぐらいだ。

あと4年しかないがいけそうか?

 厳しい。無理だと思う。

何が問題なのか。中進国の罠(わな)を越えられないのか?

 MJIITは日本のODA(政府開発援助)が入っている。建物と人件費はマレーシア政府が出すけれど、機器費は日本というプロジェクトだが、マレーシアにはどこかで他の国に頼ろうとしているところがある。

第三世界はどこでもある依存体質?

 これが足りないから、じゃ日本に言って見よう。それで何か出てくるのじゃないか。そういう意識がある気がする。そこを脱却しないといけない。そこを抜けたら、自国でいろんな産業が発達する気がする。

最近のトピックスは?

 今、豪州やイギリスなどいろいろの大学が、マレーシアに分校を作っている。

教育ビジネスとしてうまみがあるのか?

 マレーシアでは英語で教育ができるという語学の問題とシンガポールほど土地が高くなく、コストのパフォーマンスがいい。基本的にはマレーシアの大学は英語で授業をし、英語で教育ができてしまう。ということは豪州やイギリス、米国の大学が分校を作って、学生を確保した上で本国に送るとか、そういうこともできる。ここ5年で、こうした分校ブームが起きている。

 マレーシア政府も教育研究学園都市をクアラルンプールとシンガポールの間に作ろうとしている最中だ。そこにはインペリアル・カレッジ・オブ・ロンドンの分校ができる予定だ。

どこがASEAN(東南アジア諸国連合)の教育ハブを握ることになるのか。シンガポールの研究ハブ能力は高く、世界中から優秀な頭脳をヘッドハンティングしているが?

 ただ、シンガポールは研究はどこでもできる研究しかしていない。どの国でも研究はできるのだけれど、金を出していい研究者を集めて、そこでやるスタイルだ。マレーシアが目指さないといけない研究スタイルは、東南アジアでしかできない研究を目指さないといけない。

例えば?

 土地がある。常に暖かい。そういうものを使った研究だ。私は今、筑波大学と一緒に、藻類(そうるい)の大量培養実験をしている。これでバイオディーゼルが作れるが、日本でやると冬、寒いのでコストがかかる。それをこっちで作れば、熱にかけるコストがかからずにもっと安価にできる。

 もう一つは木質バイオマス、パームオイルの残渣(ざんさ)がマレーシアは大量にあるが、日本で木質系発電をしようとする研究はシーズンごとにしか材料が手に入らない。

 とくに秋になって木を間引く時とかだ。しかし、こっちは季節が年中、同じなので恒常的にずっと出ている。その意味では、マレーシアがここでしかできない研究をしていけば必ず勝てると思う。その意味では、熱帯地域で使える研究に特化すべきだ。

 マレーシアとインドネシアはほとんど同じ言語なので、マレーシアで開発した食品技術を、言語の近い2億3000万人のマーケットを持つインドネシアに進出することもできる可能性が開けてくる。それも同じイスラム教なので、ハラルの問題もクリアできる。