訪日外国人への「おもてなし」
平成国際大学教授 浅野 和生
安全安心こそ最大の価値
歩きタバコへの対応も必須
2020年の東京オリンピックには、世界中の人々が日本に集うことになる。東京オリンピック招致のため13年9月に国際オリンピック委員会(IOC)総会のプレゼンテーションで、滝川クリステルさんが「お・も・て・な・し」とやってから5年、いよいよ本番が近づいてきた。
外国人の日本訪問数を飛躍的に増やそうという「ビジット・ジャパン・キャンペーン」が開始されたのは小泉内閣の03年。この年の訪日外国人数は521万人。訪日外国人は順調に増加したが、リーマン・ショックがあり、10年までに1000万人という目標は達成されなかった。
その後、11年に東日本大震災が起きると、訪日外国人数は前年比大幅減の622万人となった。しかし、2年後の13年に、初めて1000万人の大台に乗せると、昨年、18年には3119万人に達した。5年で3倍増である。
この実現のために、政府は各国向けビザ発給制限を順次緩くしてきた。しかし、訪日外国人の激増にはほかにも理由がある。それは、世界各国の人々から見て日本に魅力があるということだ。
近年、対日感情の悪化が懸念される韓国からの訪日者数でさえ、15年の400万人から18年の754万人まで、4年で1・9倍ほど増加した。昨年は、全韓国人の7人に1人が訪日した。実は多くの韓国人が日本に来たいのである。
ちなみに昨年の国別の訪日外国人数1位は中国の838万人(人口比では0・6%)で、韓国は2位だった。一方、訪日人数第3位ながら、人口比率で最大なのが台湾である。昨年1年間で約476万人が訪日したが、これは台湾人5人につき1人を超えている。
このように日本が好きで、日本に来てみたいと考える理由を挙げれば、美しい自然とおいしい食事、独自の文化と人々のやさしさや親切さ、そして居心地の良さだろう。居心地の良さの第一は、安全・安心である。
先進国の中では、日本ほど、多種多様な食べ物を安く、おいしく、清潔な環境で食べられる国はない。17年の外国人訪問客数都市別ランキング3位のロンドン(1982万人)、同6位のパリ(1583万人)では、街中のありふれたレストランで、普通の夕食を取ると2000~3000円はかかる。同14位(954万人)の東京では、同レベルの食事を1000~1500円で食べられる。昼食なら、500~1000円で十分。これは日本の良さである。
さて、政府は、20年の訪日外国人数目標として4000万人、30年には6000万人を掲げ、景気拡大の起爆剤としても期待している。その達成のためには、航空便数の増加や宿泊施設の確保のほか、外国人に分かりやすい案内標識の導入、各宗教の戒律や各国の文化に応じた食を提供するレストランの設置、そうした店の周知など必須の課題である。
ところで、世界各国の多くの人々が日本に来て困ることの一つが、喫煙場所を見つけることである。ロンドンでもパリでも、建物の中での喫煙は禁止されているが、一歩道路に出れば喫煙可能である。どこでも普通に歩きタバコをしている。日本の基準に合わせて、訪日外国人客が歩きタバコをせず、街路に吸い殻を捨てないためには、居心地の良い喫煙所をかなり多数設ける必要がある。タバコを吸うことは合法的な権利でその人の自由である。一方、タバコは常習性があるのだから、これへの対応は必須である。
また訪日外国人数の増加にはリピーターが大切である。リピーター確保のためには、訪日中に不快な経験をさせないことが重要である。海外旅行者にとって最悪に不快なことは、「スリ」や「窃盗」の被害者になることである。
筆者は毎年、ゼミの学生を連れてイギリスを訪問するが、残念なことにほぼ毎年誰かが「スリ」の被害者になる。今年2月の研修でも一人が財布を盗(と)られた。ロンドン塔の周囲でのことだが、気付いた時にはカバンの口が開いていて、財布が無いのである。
本人は大ショックだし、残り日程の費用が問題だが、その前に、財布にクレジットカードを入れてあるから、大急ぎでカード会社に連絡して、カードの失効措置を取らなければならない。ところが、ロンドンと日本は9時間の時差があり、即時の対応を依頼するのが容易ではない。また現地のオフィスは、言葉が通じるとは限らない。
日本でも、カード紛失時の対応など、カード会社は24時間いつでも、各国語で対応できる体制が必要である。無論、その前に犯罪者を徹底的に取り締まり、犯罪をさせないことが重要である。そのためには当局の努力に加えて、現地の人々の協力が不可欠である。
今やパリでも、ルーブル美術館最寄り駅の地下鉄の車内で、日本語や各国語で「スリにご注意ください」の放送が流れる。日本でも、公共交通の車内放送で、駅名や路線に加えて、観光客に各国語で注意を呼び掛ける必要があるだろう。
いずれにしても、何か奇をてらうより、「スリ」に遭わない日本にすることが、外国人訪日客にとって最高の「おもてなし」であることは間違いない。
(あさの・かずお)