豊洲新市場の困難な将来

小松 正之東京財団政策研究所上席研究員 小松 正之

漁業衰退で取扱量減少
科学に基づく資源管理急務

 2001年の豊洲移転の正式決定から17年の歳月を経て、ようやく築地市場は10月11日、豊洲に移転した。

 歴史を遡(さかのぼ)れば徳川幕府の江戸開府と同時に日本橋に魚市場が開設され、江戸内湾で漁獲され幕府に提供された魚介類の残りを、江戸の庶民に販売したことが始まりである。その後、明治に入り日本橋の不潔さと交通混雑で都市化の流れに沿わない市場は移転を迫られ、富山の米騒動や関東大震災後の1935年2月にようやく築地に移転された。その築地市場も83年間の幕を閉じた。

 戦後70年以上を経て、生鮮食料品の流通形態は大きく変わった。産地から、あるいは輸入商社から、スーパーマーケットなどに直接販売するような「市場外流通」も拡大・充実してきた。卸売市場を経由する市場流通は、平成20年代になるとピーク時の9割から水産物は5割強、青果物は6割に減少した。だからこそ集荷力と分配力を含め市場の必要性が問われている。その意味で、豊洲市場にとって重要なのは入荷物であり、特に水産物である。

 日本の漁業・養殖業生産量は、84年(昭和59年)の1282万トンをピークに、2017年(平成29年)には430万トンになり、ピーク時の3分の1近くまで落ち込んでいる。つまり国内の水域では現在の漁獲量の1・5倍以上の656万トンを失ったことになる。

 日本とは異なり漁業を安定化させたアイスランドやノルウェーの大型船による漁獲物は、洋上の漁船に対し、陸上の加工場・市場などからインターネットによるオークションがなされ、落札された漁獲物は、世界中の市場や加工場に直接運ばれていく。

 また、オーストラリアのシドニー魚市場株式会社は、漁船ごとに割り当てられた譲渡可能な漁獲割当枠(ITQ)を購入してそれを保持し、毎年このITQを漁業者に安価で貸与している。その対価として、その漁船はシドニー魚市場に漁獲物を持ち込む。このような仕組みは、日本の漁業者と卸売市場でも検討すべきである。

 日本の中央卸売市場は、流通経路も複雑である。海外の専門家・出荷業者は、築地市場のコストは世界の常識の50%増しで、商品の内容にうるさく、安い値段で購入しようとするので、売りたくないと言う。

 また、日本の卸売市場は、取扱品に関する情報の透明性に欠けている。諸外国に比べて情報通信技術(ICT)の導入が遅れ、特に水産物は、科学的、客観的な情報に基づく商品表示が行われていない。誰でも理解できる文字化・数値化した情報になっていない。

 また、公営の市場である全国の中央卸売市場は、独立採算の「市場会計」を原則として運営しているが、赤字である。最近の東京都中央卸売市場の収益的収入の合計は210億4200万円。このうち、市場の本業による収入(売上高割使用料と施設使用料)は119億円弱で約50%を占めるにすぎない。

 総事業費5880億円も要した豊洲市場の維持・修繕費は、築地市場のそれに比べて、巨額の資金を要した施設を建設し、食の安全・安心を担保する冷却能力の向上が図られたことから、豊洲市場で営業する卸、仲卸、買参人などの各社の負担額も当然、格段に増大していく。

 一方、収益的収入の営業収益は、市場の取扱量・金額に比例する。日本漁業の衰退と海外からの輸入の減少で、豊洲市場での取り扱いもさらに減少する。中央卸売市場会計の赤字が増大しよう。しかし、東京都が8月に農林水産省に提出した豊洲市場の事業計画書では23年には17年の39万トンの1・6倍の61万6400トンを計上している。日本の漁業・養殖業の生産力と、資源管理能力の不足の漁業法制度から見て達成できない計画である。むしろ30万トンを下回る可能性の方が大きい。

 最後に、提言を述べたい。

 第一に、豊洲市場の主たる入荷物は、日本の200カイリ内の水産物である。これらの資源が急速に回復し、生産量が増大しない限り、豊洲市場は衰退するし、消費者に対する供給の使命を果たすことは不可能である。従って、卸売会社ならびに主要な仲卸業者と買参会社から、日本の沿岸・沖合漁業者に対して、科学に基づく持続的な資源管理の実行を迫ることである。そのための科学的情報も、東京都と市場の卸と仲卸業者ほかが資源管理の専門家を雇ってでも入手することである。上述の点からもこれが最も重要である。

 第二に、市場に入荷される水産物等の商品については、全てその情報にどこからでも関係者の誰もがアクセスできるようにすることである。せり、入札等も諸外国に倣い、インターネット上で目に見える形で行われることである。将来は、外部からもパソコンや携帯端末によって、海外も含めてどこからでも入札に参加できるようにすることが好ましい。

 第三に、汚染物質の地下水モニタリングに関しては、都が定期的に将来にわたり半永久的に市場内の定点を観測し、その情報を市場関係者だけでなく、広く都民や住民と共有し、定期的に説明会を開催することも極めて重要である。

(こまつ・まさゆき)