世界農業遺産生かし地域発展を 宮城県大崎市長
宮城県大崎市長 伊藤康志氏
東北・北海道で初めて世界農業遺産に認定された宮城県大崎地域。水田稲作地帯としては世界で初めてだ。涌谷町、加美町を含めた地域の中心地となる大崎市の伊藤康志市長に世界遺産認定を生かした地域活性化の取り組みを聞いた。(市原幸彦)
「生物と共存」農産物ブランド化
みちのくウエストラインに期待
「持続可能な水田農業を支える『大崎耕土』の伝統的水管理システム」が2017年12月に世界農業遺産に認定された。大崎耕土の特徴はどのようなものか。

いとう・やすし 昭和24年、宮城県遠田郡涌谷町生まれ。県立小牛田農林高等学校卒。県議会議員(連続5期)、県青年団連絡協議会会長、県議会議長を経て、平成18年から大崎市長(連続4期)。相撲3段、柔道2段。座右の銘は「耕不尽」(耕せども尽きず)。
大崎耕土は豊穣の大地の象徴だ。かつて米作りをするには、季節風の「やませ」があり、二つの川による洪水があり、一方で水不足が頻発するといった三重苦の自然条件の厳しい地域だった。仙台藩祖の伊達政宗公が河川改修し新田開発して、餓死者も出さず、江戸のコメの3分の1を回すほど豊穣な耕土を作った。
具体的にどの点が遺産として認定されたのか。
取水堰(せき)や隧道(すいどう)・潜穴(せんけつ)、水路、ため池などの水利施設を流域全体に築き、自然災害に強い土地を築くとともに、相互扶助組織「契約講」を基盤とする水管理体制を整えることで、「巧みな水管理」を柱とした水田農業が展開された。
また、水田の中に浮かぶ森のような屋敷林「イグネ」のつながりが豊かな湿地生態系を育み、多様な動植物が存在する独特の農村景観を形成している。豊かな食文化、農耕儀礼などがある。このような美しく機能的な農村景観が一体となった農業システムが、未来に残すべき「生きた遺産」として認定された。
住民にその意義をどう啓発するか。
東日本大震災の時に、改めてライフラインのもろさに国民が気付いた。国全体として、ライフラインとしての水や食料など基礎ベースは自給自足できる体制を整えるべきだが、ここには、三重苦を乗り越えた持続可能な循環システムがすでに出来上がっていた。回復力もある。大崎の住民が、その素晴らしさに改めて気付き誇りに思って、次の世代に継承していくきっかけとしたい。
生物多様性のモニタリング指標を独自に作り、農産物の認証制度を設けている。
今、生物多様性が改めて見直されている。当地では各地で、渡り鳥と共生するコメ作り、カブトムシやホタルと共生するコメ作り、絶滅危惧種の小さな魚が棲(す)めるきれいな水によるコメ作りなど、環境保全型農業が全国に先んじて行われてきた。
それらの地域の栽培形態、生物の生息状況をモニタリングし、公開する。農産物の認証制度によってそれらの産物をブランドとして認めていく。コメに次いで、岩出山の特産品の凍り豆腐を始めている。徐々に品目を増やし、無農薬や減農薬の先進事例としていきたい。
遺産認定後のアクションプランを策定しているが。
皆で継承していくこと、認定を武器にして付加価値を高めていくこと、消費や誘客につなげていくことなどのプランを実施している。その一つとして、次世代を担う子供たちが、誇りに思い、農産物にも関心を持ってもらうために、副読本、映像、ガイドブックをつくった。生き物探検隊など実践活動に結び付けている。
生物を保全するラムサール条約の登録地は東北に七つあり宮城県には四つもあり、体験型のツーリズムや、教育旅行が増えている。東北は人が少ないし自然も豊かだ。コロナ禍もかなり少ないので、今、問い合わせが増えている。
地域の発展には、国道も含めた道路網の整備が不可欠だが。
東北地方はインフラ整備が遅れているのは事実だ。台風や雪など災害に強く安全な道路造りができれば、大崎耕土は日本中で最も安全で豊かな地域に生まれ変わっていく。
東北は鉄道でも道路でも横軸が弱い。奥羽山脈を隔てた太平洋側と日本海側の一体感はまだない。(宮城県の)石巻から大崎、(山形県の)新庄を経て酒田に至るルートは、みちのくウエストラインといって、(太平洋側と日本海側の)二つの重要な港をつなぐ最短距離の連結路だ。つながれば東北全体の産業の起爆剤になっていくだろう。すでに酒田で工事が始まり、石巻・蛇田地区で調査が始まっている。期待したい。
未来の担い手の育成、移住・定住の促進に、どう取り組むか。
最近の自然災害、コロナ禍で、人々は都会は便利だが暮らしにくい、あるいは安全にもおびやかされると思うようになった。若い人の中にも地方に対する見詰め方が変わってきている。オンライン社会になりテレワークとか、働きながら休暇を取るワーケーションというように、生活様式が変わってきている。東北の持っている豊かさ、安全度など魅力を発信して、移住・定住を勧めていきたい。