バイデン氏選挙戦に暗雲
アメリカ保守論壇 M・ティーセン
立ちはだかる女性候補
アニタ・ヒル氏が最強の武器に
大統領選に出馬しているジョー・バイデン元副大統領の選挙戦は困難に直面する。おかしなことを言うと思われるかもしれない。ある世論調査によると、バイデン氏は民主党の他の候補を32ポイントもリードしている。しかし、雲行きが怪しくなっている。
バイデン氏は2021年の大統領就任式の日には78歳になっている。選出された場合、就任の日には、レーガン元大統領が任期を終えた時よりも高齢になっている。
高齢になると、いろいろな過去を引きずるものだ。バイデン氏の場合、それは、保守派のクラレンス・トマス最高裁判事の承認公聴会でのアニタ・ヒル氏の証言への対応だ。世論調査では、民主党員の30%が、ヒル氏の証言へのバイデン氏の対応を支持していない。44%は、知らないまたは特に意見はないだった。当然だろう。トマス氏の公聴会が行われたのは1991年で、ソ連がまだ存在し、南アフリカではアパルトヘイト(人種隔離政策)最後の大統領がまだ在職し、ワールド・ワイド・ウエブ(WWW)と呼ばれるものが利用できるようになったころだ。その後、何千万人もの米国人有権者が生まれた。これらの出来事を知らない世代だ。
しかし、党内のバイデン氏の対抗馬らは、アニタ・ヒル氏のことを改めて思い出すことになる。候補選びでバイデン氏のリードが広がれば、対抗馬は、バイデン氏を引きずり下ろそうと必死になる。その際、ヒル氏は最強の武器になる。
◇最高判事承認に影響
バイデン氏はこれを知っている。だからこそ、最近になってヒル氏に連絡を取り、丸く収めようとした。だが成功しなかった。ヒル氏はニューヨーク・タイムズ紙に、「バイデン氏が、公聴会での行動や、セクハラや性暴力の犠牲者に付けた傷に対して、完全に責任を取ったとは思っていない。バイデン氏に触られ不快感を持ったと言う女性らの最近の発言に困惑した」と述べている。その上でヒル氏は、自身の証言へのバイデン氏の対応が、ブレット・カバノー氏の最高裁判事承認につながったと述べた。
民主党の予備選有権者にとっては衝撃的な発言だ。トマス氏の公聴会は過去のことだが、カバノー氏の承認はつい最近のことであり、ここで受けた民主党の傷はまだ癒えていない。
バイデン氏は3月の演説で、「あの日からずっと、ヒル氏の期待に応えられるような公聴会にする方法を見いだせなかったことを後悔している」と述べたが、民主党員に受け入れられることはない。バイデン氏は、ヒル氏が証言した委員会の委員長だった。バイデン氏は、ヒル氏に対して委員長としてすべき最低限のことしかしなかった。ほとんどの国民がヒル氏を信じていなかったからだ。ニューヨーク・タイムズの調査によると、3日間の公聴会の後、トマス氏を信じると答えたのは58%、ヒル氏を信じるとしたのはわずか24%だった。民主党員の中でも、46%がヒル氏よりもトマス氏を信じると答えている。ヒル氏の証言によって、トマス氏への信用が失われるどころか、逆にトマス氏への支持が高まった。トマス氏承認支持は、ヒル氏の証言前の38%から、証言後には45%に上がった。承認反対はわずか20%だった。
バイデン氏は、ヒル氏の証言の一部は事実でないとすら思っていた。共和党のアーレン・スペクター上院議員はヒル氏に、証言での訴えは非公開であり、トマス氏を引きずり下ろすために使われると上院の民主党議員に言われたかと質問し、ヒル氏はそれを否定した。スペクター氏は自叙伝で、バイデン氏が「ヒル氏の質問への答え方から、うそをついていることは明白だった」と述べていたと記している。
◇ヒル氏を擁護せず
バイデン氏はその時の雰囲気にのまれてしまっていた。しかし、2019年の民主党の有権者らの雰囲気は全く違う。「#MeToo(私も)」運動の時代であり、その中でバイデン氏は、女性の対抗馬らと戦わねばならない。クリステン・ジリブランド、エイミー・クロブシャー、カマラ・ハリス、エリザベス・ウォーレンの各上院議員らだ。このライバルらが、ヒル氏の証言への対応で、バイデン氏の言い分を認めるなど考えられない。バイデン氏は、ライバル女性候補らが受け入れるはずのない時代の文化の権化のような人物だ。公の場で女性に「触りたがる」人物であり、それは動画に撮られ、深夜番組で笑いの種になっている。証言を引き受けたヒル氏をバイデン氏は擁護しなかった。
左派は今、全く裏付けのないセクハラの訴えであっても、信用し、加害者のキャリアを破壊するには十分だという考えで満ちている。民主党は、この裏付けのない訴えでカバノー氏の承認を阻止しようとして、失敗した。この失敗が、民主党の支持層にとって、フラストレーションの一因となっている。バイデン氏の対抗馬らは、このフラストレーションを利用して、トマス氏の承認公聴会を思い起こしながら、カバノー氏承認公聴会での民主党の失敗の責任をバイデン氏に負わせようとするだろう。
バイデン氏は、民主党の最有力候補だ。しかし、大統領候補指名を獲得できるかどうかはまだ分からない。
(5月10日)