同性愛よりテロ対策が急務

オバマのLGBT外交 米国と途上国の「文化戦争」(6)

ナイジェリア

 黒い帽子を深くかぶってうつむいていたため、表情は分からなかったが、時折、指で涙をぬぐうしぐさを見せた。そして、声を絞りだすように訴えた。

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6月9日、ワシントン市内でナイジェリアのイスラム過激派ボコ・ハラムに拉致された少女の救出を訴える母親(左から2人目)(早川俊行撮影)

 「国際社会の皆さん、どうか助けてください」

 マリーという名のこの女性は、2014年にナイジェリアのイスラム過激派ボコ・ハラムに拉致された少女276人の母親の一人。今年6月、ワシントンを訪れ、米国をはじめとする国際社会に支援をお願いしたのだ。愛娘の救出を必死に訴えるその姿は、北朝鮮工作員に拉致された横田めぐみさんの母早紀江さんの姿に重なって見えた。

 現地語で「西洋式教育は罪」を意味するボコ・ハラムは、シリア、イラクの過激派組織「イスラム国」(IS)と並ぶ凶悪組織。シドニーに本部を置くシンクタンク、経済平和研究所の報告書によると、ボコ・ハラムが14年に起こしたテロ攻撃の犠牲者は6644人で、これはISの犠牲者6073人を上回る。

 ナイジェリアはボコ・ハラムの蛮行に苦しむ一方、西側の価値観を押し付けるオバマ政権の圧力にも直面してきた。14年に同性婚を禁ずる法律を成立させると、オバマ政権から厳しい非難を浴びた。

 同性愛や中絶などの押し付けを「犯罪」とまで呼んで激しく反発するのは、ナイジェリア・カトリック教会のエマニュエル・バデジョ司教だ。司教は昨年、カトリック系メディアのインタビューで「我々の文化的価値を蝕もうとする文化帝国主義にアフリカは苦しんでいる」と指摘。また、ボコ・ハラム対策で十分な協力をしない欧米諸国を「共犯」だと批判し、物議を醸した。

 ナイジェリアのジョナサン前政権は「米国が申し出た支援の一部を拒否するなど、協力するのが極めて難しかった」(米ヘリテージ財団のアフリカ専門家ジョシュア・メサービー氏)とされ、米国がボコ・ハラム対策で十分な支援ができなかったのは、ナイジェリア側に大きな責任がある。とはいえ、イスラム過激派の残虐行為が深刻な人道危機をもたらしていることが明らかな中で、オバマ政権は同性愛者ら性的少数者(LGBT)の権利擁護が最も喫緊の人権問題であるかのように取り組んでいることは事実だ。

 オバマ政権のサマンサ・パワー国連大使は、ジェノサイド(大量虐殺)に関する著書でピュリツァー賞を受賞した人権・人道問題の専門家だが、「国連大使に就任して以来、最も一生懸命取り組んだ」事案の一つが、国連事務局で働く同性愛職員の待遇改善だったと明言している。

 また、オバマ大統領は11年に発表した覚書で、海外のLGBTの人権侵害に政府を挙げて「迅速・有意義な対応」をする方針を明確にしているが、これは「中東・アフリカの宗教マイノリティーへのレイプ、迫害、虐殺に対するオバマ政権の不作為とは著しく対照的」(保守派活動家のウェンディー・ライト氏)だ。

 「ナイジェリアでは毎日多くの人が死んでいることに世界は目を背けている。西欧文明は病んでいる」とバデジョ司教。喫緊の人道危機に真剣に向き合わない欧米先進国に厳しい視線を注いでいる。

(ワシントン・早川俊行)