安倍首相に所信の貫徹期待
拓殖大学国際日本文化研究所教授 ペマ・ギャルポ
憲法改正と対中国牽制
米とインド太平洋構想推進を
2019年、日本は新しい天皇をいただき、戦後レジーム脱却とともに新たな出発をする。平成元年当時はまだバブルの最盛期で、その頃私はアメリカ訪問中ニューヨークのプラザホテルのエレベーター内でいきなり見知らぬ男性から「おまえら日本人はこのホテルを買いに来たのか。どうせなら自由の女神像をも買ったらどうか」という挑発的な言葉を掛けられたのを覚えている。
当時アメリカでは日本の経済成長の勢いにある種の危機感すら抱いていた雰囲気であった。紺のスーツの胸に誇らしげに社章をつけ、世界中を駆け回る日本のビジネスマンのことを「紺のユニフォームの兵士」と言い、日本のことを「ジャパン・インコーポレイション」と称していた。この見知らぬ男から掛けられた言葉は当時のアメリカ人が抱く共通の日本観であり日本に対する憧れと警戒心の表れであったように思う。
しかし間もなくバブルが弾け、日本人の過信も消えて無くなった。以来、連立政権・短命政権が続き、経済の成長も鈍化した。約20年間続いた政治と経済の混迷から脱却し、安倍政権になって日本がいくぶんか自信を回復したように思う。
安倍政権は新しい時代を迎えるに当たって、新しい天皇をいただくと同時に新しい憲法を作り、日本が世界の中で責任ある地位を獲得するとともに、自由と民主主義などの価値観を共有する国々のリーダー格として、アジアの安定と世界平和に貢献する姿勢を見せた。安倍晋三首相の6年間の業績としてはアジアの国々をはじめ世界各国を歴訪し、日本が世界、特にアジア地域における関心度を示すことにより歴代の首相の中で、初めて顔と名前が一致する日本のリーダーであると同時に、アジアのリーダー格の一人としての認知を獲得したと言えよう。
安倍首相が国内外においてそれなりの評価を受けたのは第一に自分が目指すビジョンの明瞭さ、第二にアジアと世界の秩序を変えようとする中国の覇権主義に対し毅然(きぜん)とした態度を貫いたことにある。時代が人間を作ると言うように、安倍首相の姿勢を構築する要因としては、目に余る北朝鮮と中国の挑発的行為があったことも忘れてはならない。
アメリカの総合的国力の衰退とモラルの低下に伴いアジア軽視が生んだ空白を埋めようと覇権の野望を抱いていたのは中華人民共和国であった。中華人民共和国は日本やアメリカなど西側の経済協力と技術協力を最大限に活用し、経済的軍事的に巨大となっただけではなく、「一帯一路」という新しい経済植民地主義の具現化に巨大なドラゴンとして動きだした。日本やアメリカからの協力を得られない分野ではあらゆる手を使って技術と知識を盗んだ。中国の抑圧的共産党政権は国境を越えて政治的にも小国だけではなくアメリカの内政にまで関与し始めた。
アメリカ政府は数年にわたって中国の国内外の動向をひそかに研究し、もはや手を打たなければアメリカに代わって中国がその地位を奪おうとしていることを確信した。日本では昨年10月4日に行われたペンス米副大統領のハドソン研究所での演説とトランプ米大統領による中国に対する貿易戦争が一時話題になったが、この1、2年の間にアメリカでは諜報(ちょうほう)機関、学会、経済界、政界なども中国が持つ潜在的な脅威に対し、警笛を鳴らしてきた。それに対し具体的にアメリカ政府と議会、経済界は本腰を入れて対抗策を構築してきた。その代表的な政策は自由で開かれたインド太平洋構想であり、それをバックアップするために昨年末の議会の採決を経て、アジア再保証推進法に大統領が署名した。
本来であれば自由で開かれたインド太平洋戦略は安倍首相の発案であり、16年8月のアフリカ開発会議で公表されている。その後、安倍首相はトランプ大統領、インドのモディ首相なども説得しこの構想の実現に尽力した。しかし残念ながらいつの間にか戦略は構想に変わり、構想がイニシアティブに変貌しつつある。当初、安倍、モディ、トランプの3氏が共有した概念は「一帯一路」を牽制(けんせい)するという明確なビジョンがあった。だが現在、アメリカが太平洋軍の名前までインド太平洋軍に変え、ロビンソン司令官もその目的については明確に言及している。本来であればこの構想の操縦桿(かん)を握るべき日本が、せめて副操縦士の役割を果たすことに期待している。
昨年の台湾の地方選挙での蔡英文総統の民進党の敗北と、昨年末のアメリカのアジア再保証推進法における台湾を重要視する姿勢に対し、中国の習近平国家主席は新年の年頭あいさつで、台湾は中国の一部でありその統一を次の世代に残すのではなく、必要に応じて武力をも使って統一すると宣言した。これに対する蔡総統の毅然とした対応が、今再び台湾国民の信頼を取り戻している。
安倍首相は憲法改正とアジアの自由と民主主義のために所信を貫けば良識ある国民の信頼と尊敬を受けるだろう。