粛々と行われた米露首脳会談

日本対外文化協会理事 中澤 孝之

核戦争回避の原則再確認
流れを決めた事前の外相会談

中澤 孝之

日本対外文化協会理事 中澤 孝之

 バイデン米大統領就任後初のプーチン露大統領との対面による米露首脳会談が予定通り、6月16日、ジュネーブのレマン湖のほとりの会場で約3時間半にわたって行われた。両者とも百戦錬磨の老練な政治家だけあって、互いに激高したり、非難し合ったりといった、一部メディアが予測したような「対決モード」は終始、見られなかった。

新たな軍備管理協議へ

 両首脳とも、相違点に固執する姿勢ではなく、合意点を求めて粛々と対話を進めたようだ。ウクライナ情勢、サイバー攻撃、ナワリヌイ人権問題といった懸案は、双方の主張を確かめ合うだけにとどまった。両国は取りあえず、米露が核軍縮を中心とする「戦略的安定」を求める新たな軍備管理の協議を始めることで合意した。今後、成果の上がる協議を期待したい。

 両首脳の直接会談は2011年3月10日以来で、モスクワを訪れたバイデン氏はオバマ政権の副大統領、プーチン氏はメドベージェフ大統領の下の首相だった。バイデン氏は訪露後も、ロシア批判の言辞を繰り返したが、モスクワ滞在中の写真や解説を見る限り、ロシア側はバイデン氏一家を精いっぱい歓待した印象を受ける。

 首脳会談後の単独記者会見で、バイデン氏は「合意できない点は立場を伝えたが、おおげさな雰囲気ではなかった」と振り返り、プーチン氏も「(互いに)敵対心はなかった」「会談は非常に建設的だった」と会談の雰囲気を説明した。バイデン氏を含めて、5人の米大統領と渡り合ってきたプーチン大統領。「多くの点で立場は違うが、相手を理解し近づける道を見つけたいという双方の望みが示された」と融和ムードを演出。

 バイデン氏が3月にプーチン氏を「人殺し」と認識する発言をしたことについて、プーチン氏は「私はあらゆる角度からあらゆる理由で攻撃されるのに慣れている。いずれも私を驚かせるものではない」「(バイデン大統領がのちに電話してきたことに触れ)私は説明に満足した」と語った。

 両国は会談終了後、「会談は、両国が相互利益を促進し、世界に利益をもたらすためにできる実践的な取り組みを示した」などと述べた「共同声明」を発表した。共同声明には、「核戦争に勝者はなく、決して行われてはならないとの原則を今日、我々は再確認する」とも書かれた。これは、1989年12月の冷戦終結に繋(つな)がった、85年11月19日のジュネーブ米ソ首脳会談で、当時のレーガン米大統領とゴルバチョフ・ソ連共産党書記長が共同声明で打ち出した原則。ロシア側は再確認を求めていたが、トランプ前政権は拒否していた。

 ところで、首脳会談に関する数多(あまた)のコメントにおいて、ほとんど触れられていないポイントを一つ指摘しておきたい。5月19日にアイスランドの首都レイキャビクで行われたアントニー・ブリンケン米国務長官(59)とセルゲイ・ラブロフ露外相(71)による米露外相会談である。

 20日のレイキャビク発AP電の「初の両外相の会談は、礼儀正しいスパーリング(論戦)であった」という記事は印象的だった。AP電によれば、「2人は両国の相違について率直に、しかし冷静に話し合った」「ある米高官は外相会談について、『論争のない』『良いスタート』だったと評価した」という。

対話ムードを引き継ぐ

 とりわけ人権問題を重視し、対中、対露外交では厳しい発言が少なくなかったユダヤ系政治家のブリンケン氏。対日領土問題では頑強な姿勢を崩さないラブロフ氏との話し合いは、米露首脳会談の成否を占うものだった。

 バイデン、プーチン両氏ともに、首脳会談に臨むにあたり当然ながら、外相会談の対話ムードの雰囲気、その結果について報告を受けており、それらが首脳会談でも引き継がれたと推測される。その意味で、レイキャビク米露外相会談は、首脳会談の結果およびその後の米露関係を決める重要な出会いだったと言えるかもしれない。

(なかざわ・たかゆき)