菅首相に毅然とした対中外交期待

拓殖大学国際日本文化研究所教授 ペマ・ギャルポ

香港弾圧に声上げぬ日本
天安門事件での過ち繰り返すな

ペマ・ギャルポ10

拓殖大学国際日本文化研究所教授
ペマ・ギャルポ

 2020年は武漢ウイルスに振り回され、世界中が恐怖感と先の見えない不安な一年を強いられた。年末年始は皆様いかがお過ごしだっただろうか。私は今まで10年以上、1月3日に800人程度の若者と恒例の靖国参拝をしていたが、今年はやむを得ず数十人で参拝を行い、この忌々(いまいま)しい武漢ウイルスの一日も早い収束と、世界が再び希望を持てる平和で繁栄の日々を取り戻せるよう祈った。

独立国家復帰願い投票

 また同日午後は世界各地で行われたチベット亡命政府の首席大臣の予備選挙に一票を投じるためチベット人同胞たちと、新宿にあるダライ・ラマ法王代表事務所に出掛けた。11年にダライ・ラマ法王が政治的地位を退き、われわれ亡命社会において直接選挙で政治指導者を選出する制度が確立したことは、世界に対しチベット民衆が自由社会において自らの運命を左右できる環境にあることを示す意味で、意義深い政治的デモンストレーションである。

 もちろんチベット600万人の9割強の人々はいまだに中国共産党政権の植民地支配下にあり、基本的人権の一つである自分たちの政治的意思表示ができないことを考えてみれば、僅(わず)かながら自由社会に生きる私たちがこの自由を大切にしなければならない責任を痛感しての尊い一票である。

 私たち外にいる僅かな人間がチベット人全体の運命を左右できるような状況でないのは大変残念である。この選挙の結果は2月下旬に公式発表されるが、今回の選挙が滞りなく実現できたことはチベット人に自治能力があることを示しており、いずれ独立国家に復帰するための灯は消えていないことを、中国をはじめ世界に訴えることができたように思う。

 一方、中国共産党は新年早々、50万人近くの香港の民主化運動に関わる人々を大量逮捕しその中にはアメリカ人など外国人も含まれている。アメリカでは次期国務長官候補をはじめ、世界各国はこの北京政府の非道な態度に批判の声明を出している。残念ながらわが日本では政府も、野党を含め政界からもそのような談話は見られなかった。

 昨年、日本の外務省が公開した1989年の天安門事件に関する外交文書から明らかなように、日本は当時、先進国の中で中国に対する厳しい対応を阻止するような立場を取り、その結果、中国は今日のような巨大な軍事大国、経済大国にのし上がり、今では世界の脅威になっている。日本は再び同じような過ちを犯そうとしているのではないだろうか。

 今回の武漢ウイルスにおいても世界中で日本は感染者や死者が少ないとはいえ、経済的には最も被害を受けたのは明らかである。日本は国家の名誉にかけて何兆円という資金をオリンピックの準備に投じた。

 そして今年も武漢ウイルスの感染者が増加しても減少は見られない中、世界保健機関(WHO)を中心に武漢ウイルスの真相究明の調査団の入国を北京政府は拒否していた。本来であれば1月初旬、中国入りするはずであったのが、結局5日の段階では実現に至らず、WHOのテドロス事務総長でさえ中国への批判の姿勢を取り始めた。

 日本の野党議員は桜パーティーなどに関しては時間と公共電波を使って勇ましく追及しているが、日本国に対し何兆円もの損害を与えた武漢ウイルスの隠蔽(いんぺい)を追及し、北京政府からの損害賠償と謝罪を求めるような姿勢が見られないのはどうしてだろうか。

続く尖閣への不法侵入

 年末年始でも中国からの尖閣諸島への不法侵入は続いている。菅首相は安倍政権の政策を継承し発展させるという旗印の下に発足した。安倍前首相の数多くの業績の中でも高く評価すべきものは「自由で開かれたインド太平洋構想」と日本・アメリカ・オーストラリア・インドによる自由と民主主義と法の支配の価値観を共有する国の連携である。菅首相のベトナム・インドネシア訪問はまさにその延長戦にあったように見受けた。

 だが、その後の言動にはブレが生じているようにも見える。今年は国政選挙、地方選挙が待ち受けているが、私はアメリカ新大統領をはじめ、同じ価値観を共有する国々と連携し、中国の強権政治に基づく世界覇権に対して勇気を持って前進すれば、国民は勇気あるリーダーを見捨てるようなことはしないはず。菅首相には信念を持って行動することを期待している。