デジタル庁創設に向けて

日本安全保障・危機管理学会上席フェロー 新田 容子

対ロシア情報戦に備えよ
SNS駆使し官民共同で対抗

新田 容子

日本安全保障・危機管理学会上席フェロー
新田 容子

 米中の通信技術に係る舌戦激化について連日メディアが取り上げる中、我が国ではロシアについての発信はヘッドライン程度の内容にとどまっている。

 昨今の国際バーチャル会合でも、中国のサイバーエスピオナージ(情報通信技術を用いた諜報(ちょうほう)活動)に関するものが占める。ほぼ3年前から中国を脅威と見なし、さまざま議論してきた結果、肌感の違いはあるが欧米共に中国に対し、目に見える形で新たな対抗策を次々に打ち出している。しかしながらロシアについては、一向に成果が上がっていない。ロシアの想像を超える優れた情報戦術のせいだけではなく、西側諸国がいかにロシアを理解していないかの一言に尽きる。

情報を武器として活用

 このたび、我が国はデジタル庁の発足に当たり、省庁の縦割り行政を壊し、日本社会のデジタル化を一気に進める方針だ。日本の産業ビジネス、防衛に直結する課題だからこそ、新たな視点でサイバーセキュリティーや情報戦の本質を見据える必要がある。人工知能(AI)および量子コンピューティングも既に情報戦に組み込まれている。

 河野行政改革・規制改革担当相が領土問題の啓発活動でSNS(インターネット交流サイト)発信を強化するとのこと、正しいアプローチで心強い。クレムリン、すなわちプーチン・ロシア大統領は北方領土を返還する気などない上に、今の日本の若者世代の間で領土問題に関心が低い原因をよく理解している。さらに時が経(た)てば、日本に領土問題について議論する風潮さえ消失してしまうことを期待している。

 ロシア連邦デジタル発展・通信・マスコミ省が発足するずっと以前、ロシアは1920年から本格的にプロパガンダ宣伝活動をはじめとする情報戦力を蓄えている。ロシアは長きにわたり「武器としての情報力」のとりこになっている。歴史上、特に自国(クレムリン)に都合の良いよう、周囲に影響を与えるプロパガンダ手法を駆使してきた。さらに、偵察および正確な実用性を備える情報技術力が戦力に備わり、かつSNSの持つ拡散力を利用し、内外共に影響を与えている。

 ロシア国営放送のトップは「テレビの役割は主として、いかに国民を結集させるかであって、何が起こっているのかを伝えるのは二の次だ」と述べている。正義、民主主義、完全なる真実、このどれもが世界には存在しないというのがクレムリンの見方だ。西側諸国が検証の基礎とする実在する現実は、ロシアでは存在しないことを意味する。目に見えない実在しないものを検証の土台とする、これがロシアの国家としての情報武器だ。

 このロシアを出し抜く唯一の方法は、ロシアが期待するところを直感で理解しつつも、同時にその状況下で、こちら側にいくばくか益になるものを取り、かつ自国に向けられた刃(すなわち情報武器)をかわすことのみだ。

 今、ロシアが仕掛ける情報武器は、オンライン上で自国に優位になる情報を収集、周囲に拡散し、相手の心理を突き、政治的混乱を引き起こすもので、積極的な対策(アクティブ・メジャー)と呼ばれるものである。だからこそ日本がこれから行うロシアに向けたSNSでの啓発活動により、ロシアが不利になる流れがつくれるかどうかは、以下の分野横断的な手法に懸かっている。

 ①我が国の外交政策に対する見当外れの主張に対応するウェブサイトの創設②ハッカーを逮捕し裁判にかける③日本の企業がダメージを受けるような虚偽の主張を挫(くじ)いていけるよう啓蒙(けいもう)活動を行う④官民協力の下、サイバー攻撃のトレンドの共有をさらに拡大する⑤ロシアのアクティブ・メジャーに対抗する専門家集団の設立⑥ロシアが仕掛けるオンラインキャンペーンを増幅させないため、新聞、テレビ、SNSは窃盗情報を載せない⑦ソーシャルメディア企業はフェイクニュースにタグ付けを行い、ユーザーに情報のバブルに気付いてもらう⑧ソーシャルメディア企業は協働して顧客企業向けリポートを作成し、ニュースの正確さを測る格付けを行う。

露、新たな情報戦を模索

 ⑦⑧は参考として挙げたが、ロシアの情報武器は我々の理解を超え、はるかに幅広い。ロシアは新たなさらなる革新的な情報戦を模索している。筆者がロシア会合に西側諸国と共に参加し、ロシアとの議論の中で実感していることだ。

(にった・ようこ)