コロナ禍の下での選挙実施の愚

平成国際大学教授 浅野 和生

英はロンドン市長選延期
選挙戦や投票への悪影響懸念

平成国際大学教授-浅野和生氏

平成国際大学教授-浅野和生氏

 3月13日、11日に衆議院内閣委員会で審議入りした「改正新型インフルエンザ等特別措置法」が3日間の審議を経て成立した。同法は「新型インフルエンザ等の発生時において国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済に及ぼす影響が最小となるようにすることを目的とする」(同法第1条)ものである。

 これ以後、管見の限りで4月5日までに61件、さらに緊急事態宣言発出以後5月末までに126件、計187件の地方首長・議会選挙が予定され、無投票の一部を除いて実施された。これは国民の生命・健康の保護、国民生活に及ぼす影響を最小にするという同法の趣旨に叶(かな)うのか。

投票率の低下は不可避

 日本で特措法が成立したその日、イギリスでは、政府が首都大ロンドン市および地方の選挙を、2021年5月7日以後へと延期することを発表した。その後、新型コロナウイルス対策として「Corona virus Act2020」が3月19日に庶民院に上程され、3月25日に貴族院で可決、ただちにエリザベス女王の裁可を得て成立した。この法律に、3月15日以後のイングランド、ウェールズ、スコットランドと北アイルランドの各種選挙の1年延期が規定された。

 実はイギリスでは5月7日に大ロンドン市長選挙が予定されており、現職のサディク・カーン市長(労働党)が再選出馬を表明し、保守党、自民党、緑の党と無所属の各候補が選挙活動を始めていたが、これも丸1年の延期となった。

 3月13日といえば、日本の感染者675人に対してイギリスの感染者は594人で、感染者数、死者数ともに英国の方が少なかった。それでもイギリスでは、感染拡大によって選挙活動および投票に支障が出ることを重視したのである。その後、翌14日にイギリスの感染者は802人となって716人の日本を上回り、法案成立の25日には感染者8081人、死者422人に達した。イギリス政府は、拡大の初期段階で選挙延期を決断したことになる。

 ところで日本政府は、期日通りに選挙を実施することが民主主義の基礎だと考え、投票に行くのは「不要不急」に当たらないと判断している。しかし安倍政権が、外出自粛を訴えながら、選挙で投票参加を促すことには大きな矛盾がある。結果として、4月12日投票の埼玉県坂戸市議会選挙では、今回の投票率は36・46%となり、4年前の46・98%からほぼ10%下がった。4月19日投票の千葉県富津市議会議員選挙でも、前回の60・35%が52・40%へと8%低下した。

 そもそもコロナ禍が続く中での選挙では、「3密」となる選挙集会を避けなければならないから、候補者の選挙活動に重大な制約が生じる。それに加えて有権者は自由に投票に行けなくなるのである。既往症のある高齢者らが、「命を守る行動」を取れば投票に行かないのが当然である。

 これに対してイギリスでは、十分な選挙活動を行い、市民が安心して投票できる状況で選挙を実施してこそ民主主義が守られると考えているのである。

 中央政府も地方自治体も、新型コロナウイルスの感染拡大抑止と経済再生のために精いっぱいの日々である。現職政治家は選挙戦どころではないはずだ。こうした社会情勢では、挑戦者の立候補決断は容易ではない。また立候補しても、中長期の政策論争の展開が困難で、さらに有権者に政見を伝えることも難しい。この結果、有権者はあるべき多様な選択肢と、十分な判断材料を持てない状況で、しかも投票に行きづらいのだから、ただでさえ投票率低下が大きな課題の地方選挙で、平時より一段と低い投票率の下で住民代表が選出されることになる。これは民主主義の基盤を揺るがす異常事態である。

英国に倣い選挙凍結を

 7月30日に東京都知事選挙が予定されているが、非常事態で現職優位の情勢の中、各党は候補者を立てず、3密を避けては自由な選挙活動が展開できず、十分な投票率が確保できるはずもない。今からでもイギリスに倣って、コロナウイルス禍が去るまで、各種選挙を凍結してはどうか。Covid―19との闘いは戦争だといわれている。それなら、1941年衆議院選挙が1年延期されたことを付言しておく。
(あさの・かずお)