安倍長期政権への期待と不安

拓殖大学国際日本文化研究所教授 ペマ・ギャルポ

賛同できぬ習主席「国賓」
インド太平洋戦略の後退懸念

ペマ・ギャルポ

拓殖大学国際日本文化研究所教授
ペマ・ギャルポ

 安倍晋三首相は2006年9月、戦後最年少の首相として就任して以来、今年11月20日でそれまでの歴代1位の桂太郎の記録を破り、最も長く務める首相として歴史に名を刻むことになった。安倍首相は11月20日までに通算2887日という安定政権を維持したことになる。そして首相の自民党総裁の任期は21年まで続き、さらに記録を更新するに違いない。心から敬意を表し、お祝い申し上げたい。

 具体的な成果については各新聞などに細かく掲載されているが、私は五つの条件が整った結果、このような歴史的記録を達成したのではないかと思う。第一に政治家としての知識と能力、つまり現状認識ならびに先見性が優れていること。第二に決断力とリーダーシップ。第三に周囲に対する気配りと思いやり、つまり人情にあふれていること。第四に揺るぎない信念とビジョンを持ち、ぶれないこと。そして最後に「天は自ら助くる者を助く」というように「運」も見方につけたのである。

配慮し過ぎの憲法改正

 今後も初心を忘れず、憲法改正をはじめ拉致問題、そして安倍首相が日ごろからよく口にする「自由と民主主義」と「法の支配に基づく国際社会」の構築に専念していただきたい。

 以上のことは私の今までの安倍首相の努力と見識に対する率直な見解である。だが今後に対してかすかな不安を感じていることも事実である。

 その第一に自由と民主主義、法の支配を実現するための手段として、安倍首相がイニシアチブを取った「自由で開かれたインド太平洋戦略」がいつの間にか「戦略」が「イニシアチブ」に変わり、当初の情熱と真剣さが多少ぶれてきているように見え、心配している。

 第二に憲法改正に関しても周囲に配慮し過ぎ、国民的機運を高めるチャンスを失いつつあるように思う。国民は安倍首相の強いリーダーシップに共鳴し、その政策が実行されるために選挙でも支持を鮮明に表したと思う。

 第三に中国の日本に対する根本的な政策は変わっておらず、十分な証拠もないのに中国国内で日本人を逮捕したまま裁判すらしていないだけではなく、日本の領海を頻繁に侵しているありさまである。国際的にも中国が世界覇権を狙うための「一帯一路」が外面的に包装紙を変えても中身は変わっておらず、着々と進んでいる現状も見過ごしてはならない。中国の経済力の低下とアメリカの政府、立法、司法による強硬な対中政策の結果として、かつてのような暴走ぶりは多少鈍化しているが、本質的には中国は何一つ変わっていない。

 そのような中で、安倍首相が習近平中国国家主席を来春、国賓として日本に招くことに対しては、賛同しかねる気持ちがある。確かに中国にとって現状では藁(わら)をもつかむような気持ちで低姿勢のアプローチをしているが、日本は習主席の公式訪問によって得ることがあるとすれば、一部の財界人と政治家の私益の範囲を超えない。逆に中国が得ることは日米間の信頼関係を崩すことだ。政府レベルではともかく、アメリカ国民は決してこれを好意的には見ないであろう。

宗教・言論弾圧の元締め

 現在、ウイグルでは100万人単位の人々が強制労働収容所あるいは洗脳教育センターなどに拘束され、彼らの宗教、文化、歴史が奪われるだけではなく、肉体的にも想像を絶するような拷問を受けている。中国は同国内におけるキリスト教も含めた宗教弾圧、言論弾圧を徹底し、超近代的な人工知能(AI)やIT技術を使い、24時間体制で監視を続けている。大学などでは学生たちに教員をスパイするよう強要し、かつてのおぞましい文化大革命の再現が行われている。

 これらの強硬政策の元締めは習主席本人であるということは、アメリカで入手された共産党内部資料や、オーストラリアに亡命した中国人元スパイなどからも明確になっている。そのような中で習主席を国賓として招待することは香港人民、ウイグル、モンゴル、チベットの人々のみならず、自由を奪われている中国国内の約14億の人々に対し、期待を裏切ることにならないだろうか。