尖閣問題、中国が「三戦」攻勢
拓殖大学名誉教授 茅原 郁生
デジタル博物館で領有主張
わが国もソフト戦略で反撃を
中国では、4月25日に福建師範大学釣魚島研究チームが設計・創建した「中国的釣魚(尖閣)島デジタル博物館(以下、博物館)」が、第4回デジタル中国建設サミットの会場に開設されたと国営通信・新華社電は伝えた。そしてサミットに参加した90余の国と地域の参加者を含め延べ3000万人が博物館にアクセスし、デジタル活用の展示が国際的に大きな影響をもたらした旨が報じられた。
世論戦、心理戦、法律戦
その博物館はエントランスホールと三つの展示ホールからなり、そこでは尖閣諸島に関する歴史、写真、ビデオ資料、文書資料、法律文書、実物模型、物語動画、メディア報道、学者の著作などが展示されているという。その上、館長や解説員などとの質疑応答もできるようになっている由で、これらを通じて釣魚島の主権が中国に属していることを示す法的根拠と歴史的根拠を明確にしたとも報じられていた。
さらにデジタル博物館構築に当たった同大学の謝必震教授は見学者に「中国固有の領土である」との理解を鮮明にするためにエンターテインメント・ゾーンを設置したとの発言も添えられていた。
それに合わせてか、同日には中国自然資源省が「釣魚島とその付属島嶼(とうしょ)の地形・地勢調査報告書」を公式サイトや釣魚島特設サイトに公開し、9枚に及ぶ衛星画像などによる地形図、地勢図を提示。さらに同27日にはデジタル博物館のサイトに日本語版と英語版が開設された由である。
以前にも本欄で触れたように、孫子の兵法の伝統を受け継ぐ中国は、軍事や戦争に関して物理的手段のみならず、非物理的手段も重視しており、「戦わずして勝つ」戦法を上策として、これまで「三戦」というソフト戦略を展開してきた。
ちなみに「三戦」とは「輿論(よろん)戦(以下、世論戦)、心理戦、法律戦」の三つのソフト戦略のことで、「世論戦」は国内外の世論に訴える活動、「心理戦」は相手の心を揺さぶる活動、「法律戦」は行動の正当性を主張するための法的根拠を整える活動の三つを指すとされている。その「三戦」は中国人民解放軍の任務の一環とされている。中国共産党および中央軍事委員会は、1963年策定の「人民解放軍政治工作条例」を2003年12月に改定し、「世論戦、心理戦、法律戦を実施し、瓦解工作、反心理工作、軍事司法および法律服務工作を展開する」と明記していた。すなわち戦争目的を達成するに当たっては、政治面からも対外戦略の展開が任務化されていた。
その実態は、今次の尖閣領有問題にとどまらず、先に話題になった「海警法」の改定も公船の武器使用の根拠を明示するなどの法律戦であり、現に中国が展開する「一帯一路」戦略も世論戦の実例と見られている。
見てきたような中国の計画的な「三戦」攻勢に加えて、新華社電のように尖閣諸島領有権主張のデジタル博物館へのアクセスが中国内外3000万人の報は、真偽はともかく、国際世論への影響の大きさは衝撃的でさえある。
日本では、バイデン米政権下で日米同盟の重要性が認識され、尖閣諸島に関しても安保条約第5条の適用まで保障され、わが国民はそれに安心してきたうらみはないか。
バイデン政権になって日米同盟は堅確化されたものの、安保条約第5条適用は日本が執政権を行使する状態下にあって初めて発動されるものであることを忘れてはならない。実際、バイデン政権は、サキ報道官が明確に指摘したように、尖閣の領有権問題には曖昧で、認めてはいない。尖閣諸島が日本領であることの立証責任はあくまで日本にある。そのためには尖閣諸島の領有権を国際世論に訴え、納得を得る努力が今こそ問われている。中国の釣魚諸島の領有主張が「三戦」攻勢の対象となる中で、わが国も日本版「三戦」を早急に構築して反撃する必要性は高い。
東京に“博物館”設置を
日本でも沖縄など現地に尖閣諸島の領有権を主張する博物館などの類もあろうが、尖閣諸島を国境僻地(へきち)の問題として海上保安庁など一部の省庁に任せるのではなく、神聖な領土問題として首都においてもその正当性をキチンと主張できるよう、博物館なり記念館を設置して、訪日する外国賓客など国際世論に領有権を主張する必要がある。「攻撃は最大の防御なり」のように紛争に繋(つな)がる物理的な反撃というより、デジタル時代に相応(ふさわ)しいソフトな「三戦」的な反撃に転じる秋(とき)を迎えている。
(かやはら・いくお)






