何色にも染まる白地パワー

マレーシアの教育現場で(中)

マレーシア日本国際工科院准教授 原 啓文氏に聞く

後進の強みを生かす/新技術導入のモデルケース
研究者を受け入れる乏しい産業基盤に難

バイオ研究者として、マレーシアにはどんな強みがあると考えるのか。

 特異な環境には特殊な微生物もいる。しかも、常に暖かい状況下では、外地からやってきた微生物も適応進化が早いはずだ。

植生の多様さにおいてはマレーシアはどうなのか。中国の雲南省もバイオブームに沸いているが、5千㍍級の山から熱帯までという地理環境下で植生の多様性が強みだ。その意味ではマレーシアは高さが足りない?

原 啓文氏

 はら・たけふみ 1976年3月7日生まれ。佐賀県鳥栖市出身。長岡技術大学大学院卒。カナダ、ブリティッシュ・コロンビア大学留学。岡山理科大学准教授を経て、MJIIT准教授。特技は「人見知りしないこと」と言うだけあって、どこにでも出かける開拓者魂を持つ。よくパーム畑に出かける。普通の人だと門前払いだが、マレーシア工科大学(UTM)は葵(あおい)のご紋役を果たしてくれるという。座右の銘は「一期一会」。

 半島の方は千㍍クラスの山しかないが。ボルネオがあるからそちらのほうはフォローできる。

 高度千㍍あたりだと朝晩の温度は多少変わるが、大体、年間20度くらいで一定している。

 日本では、きのこ栽培もやっている。きのこは温度に左右される。日本だと冬は、暖房を入れて、夏は冷房を入れないといけないが、マレーシアだと、ちょっと高地にいけば、ある程度、平均15度といった安定した温度を保てる。そこで作ればコストを下げることができる。また、藻類の場合は光合成なので、太陽光が強い南国のメリットも活(い)かせる。

アカデミズムと産業がうまく連携すれば、いろいろ展開できる?

 今、マレーシアでは研究費取得のため、会社と組めという方針だ。そのためには、研究成果をどう外に出すのかが問われる。

 日本の場合、日本学術振興会の科研費などから、研究費をもらって基礎研究をやるが、ここでは初めから全部、企業と組まされる。だから研究して出たものはすぐ、産業生産品としてアウトプットできる。その意味では、どうやって出すかということまでやらないといけない。

きのこの話は面白い。マレーシアにはハラルマーケットにも出せる地政学的位置の良さがあるが、まだマーケットを押さえてはいない。

 きのこ農家に結構行くことがあるが、日本のようにシステマチックではない。単純におがくずを混ぜて、菌をさしてというだけだ。

 雪国まいたけとかホクトが日本ではトップきのこ会社だが、日本最大のシメジ生産企業であるホクトは、マレーシアに工場を作ったばかりだ。

うまくいきそうか?

 研究の面でいえば、こっちの土壌とか環境で攻略できれば、勝ち目はある。

 マレーシアで日本向けのきのこを作る意味があるかどうかは微妙だが、マーケットとしてインドネシアなどをにらんだものであれば将来性は十分だ。

 材料費を抑えながら、どう安く安全に作れるかだ。

 日本で開発されていながら、しかし、日本に入れられない技術というのが結構ある。どんなに新しい技術があるからといっても、前例がないという理由で入らない。そうした新技術導入のモデルテストとして、東南アジアはいい所だ。どんな色にも染められる白地パワーというか、後進の強みが活かせる。

術鎖国みたいな話だ。

 何も無いところなので、入れやすい。今、ある技術の中で制約を受けず、フラットに選択できる強みがある。

 ただ、教育の面では、大学院生を出しても、その人たちが研究しても、それを受け止める産業基盤があるかというとそうでもない。

研究開発はマレーシアの国家戦略として、まだ定着していないということか。

 研究できる人材を出しても、それを受け入れる素地があるかというと難しいかもしれない。限定的ないい会社はちょこちょこあるが、日本みたいに食品会社や化粧品会社がいっぱいあるという状況ではない。人口規模が小さく、マーケットが小さい。

 ただ、マレーシアで育った人たちがいろいろな国に出て行ければ、マーケットとしても、もう少し大きなところを狙えるような気がする。

 いずれにしても、2011年に始まった今回の基本プロジェクトは、2018年までと決まっている。この期間に日本はODA(政府開発援助)を出して研究機材を整備する。その支援のために、日本人の先生が来て設立をサポートしている。

 期限が来たら今度は、この基盤を使ってどう発展させるのかというのは、マレーシア側が決めることになる。

専門の微生物研究では、どういうところをターゲットにしているのか。

 一つはマレーシアの高原に茶畑がある。そこでは、一番強い有機リン系(神経・呼吸器系への毒性がある化合物が多い)の農薬がまだ使われている。70年代、それを分解する微生物を現地で採取している。それを増殖させて、現地で蒔(ま)いて無毒化するような仕事だ。

 もう一つは、パームオイルの残渣がかなり出るので、木質バイオマスからバイオエタノールが作れる。そのためには繊維を壊さないといけないが、日本ではアルカリで処理するか、熱で処理するかだ。ただ微生物で処理する方法もあるが、時間がかかる。

 分解というのは、要は腐ればいい。プランテーションの中で腐っている古木から微生物を取ってきて、微生物がどういう機能を持って分解していくのかという研究をやっている。

 日本では霞ケ浦とかで、カビの臭いが発生する時があった。昔のことで今はほとんど無いが、カビ臭が発生する時というのは大体、夏だ。温度が上がるとカビが発生して、秋になるとしない。温度がカビ臭の発生に重要なのじゃないかと考えられる。

 しかし、マレーシアは一年中、夏なのに、カビ臭は時期によって変わる。すると温度ではない別のファクターがあるとも考えられる。カビ臭が出ると活性炭などを使って、カビ臭を除去しないといけないので、どういう微生物がカビ臭を出しているのか突き止める必要がある。

消臭剤の決定的なものが出てきたりする可能性もある?

 そうだ。

 ただファンダメンタルな基礎的なところをきっちりやった上で、どう応用するかという話だ。どうしても、先回りして応用応用となると中が見えなくなってくる。とくに学生に教える場合は、中で何が起きているかはっきりさせることが第一で、この所を押さえないと上滑りしてしまう。

 企業にあっても、このアカデミズムのコア部分をまず極めないと、発展しようがない。

 マレーシアは石油産出国ということもあって、化学工学は発達しているが、微生物関係は、これからの学問だ。

日本ではバイオは人気学科だが、こちらでもそういう傾向はあるのか。

 そうだ。人気が出てきている。

理由は?

 新しいものに関心度が高い。ただ、私の所は23人の学生がいるが、男は2人だけだ。

どうして?

 学生だけでなく、先生にしても女性教師が結構多い。男は道端のカフェで茶を飲んでいる。

 日本では「女性が活躍できる社会」などと政治課題としているが、こちらではあり得ない話だ。こちらでは女性登用が進んでいるし、頑張る女性はあちこちで見受けられる。

 なお、マレーシアの大学院生に関しては卒業のタイミングがない。それぞれ入ってきて、2年たった時、審査会をやって卒業していく。

 だから、大学院生に関しては新卒採用というのはない。それぞれ自分たちが個別に面接を受けて採用という形だ。