教育再生へ「未来への投資」を
麗澤大学大学院特任教授 高橋 史朗
家庭支援し保育の質向上
乳幼児期に「非認知能力」育め
国連は2015年からSDGs(持続可能な開発目標)を掲げているが、早期の児童発育への投資が17の目標の内、8項目を占め、家庭支援政策を最重要視している。特に成功しているのは親支援プログラムで、世界の5大医学雑誌の『ラセット』は、乳幼児特集を組み、世界のリーダーに「SDGs達成のために子供の出生初期に投資し、子供たちに養育ケアを提供する家庭の支援という役割を果たさなければならない」と訴えている。
感知融合の道徳教育を
ノーベル賞を受賞したシカゴ大学のヘックマン教授が米ミシガン州ペリー小学校付属幼稚園で実施した調査によれば、就学前教育で「非認知能力」を育てた子供は、そうでない子供と比べて、高校卒業率、収入や持ち家率が高く、離婚率、犯罪率、生活保護受給率は低いことが明らかになった。この結果を踏まえて、彼は乳幼児期に「非認知能力」の土台を身に付けることの重要性を強調した。
さらに、4歳児の自制心について研究したウォルター・ミシェル・スタンフォード大学教授の「マシュマロ・テスト」によれば、マシュマロを皿の上に置いて、「1個すぐ食べてもいいけど、15分待っていたら2個あげる」と伝えたところ、自制して2個食べた4歳児は3分の1にすぎず、4歳時に自制心(非認知能力)のある子は学校の成績や社会的成功との関連がIQ(認知能力)よりも強いことが明らかになった。
保育指針と幼稚園教育要領が改訂され、「幼児期の終わりまでに育ってほしい10の姿」の7~8割を「非認知能力」が占めるに至ったことも注目される。
1歳、1歳半の愛着経験と、32歳時の身体的健康の関係を調査した研究によれば、乳幼児期に安定した愛着が欠けていた人は、そうでない人に比べて4倍の身体症状を訴えていたことが判明した。愛着という安心の基地、安全な避難場所という安心感を得た子供は自律性を獲得し、相手に同調して共感する「心の理解能力」「共感性、思いやり」も高まる。
エリクソンによれば、「自分は他者から愛され、大切にされている」という基本的信頼感が「非認知的能力」の土台となり、他者に対する基本的信頼感の形成につながる。近年の「共感性」に関する心理学的研究によって、他者の心を理解する二大神経ネットワークである共感能力の神経基礎は、①「情動的共感」(ミラーニューロン)と②「認知的共感」(メンタライジング)であることが明らかになった。
①の自分の運動実行に関わる脳部位は、自動的に他者の行為理解にも関わり、②は自他を切り離して相手を理解し、表面には現れない心の状態をイメージ・推論する機能である。人間はこの二つの共感能力に基づいて社会的行動を行うので、両方を共に育む「感知融合」の道徳教育が求められているといえる。
東大の信原幸弘教授は「情動こそが道徳の基盤」と指摘し、同大の遠藤俊彦教授らも「情動の合理性」を心理学的に研究し、感情知性(EI)を育む「社会性と情動の学習」プログラムを幼小中および保護者向けに提案している。
平成29年3月に告示された新学習指導要領において、学力の構造を根本的に見直し、「何を知っているか」から「何を理解しているのか」、「個別の知識・技能」から「生きて働く知識・技能」への転換に加えて、「学びに向かう力」という新たなキーワードが掲げられたことが注目される。
「学びに向かう力」とは一体何か。それは自尊心・自己肯定感。自制心、自立心・自律性等の自己に関わる力と「心の理解能力」、共感・思いやり、協調性、道徳性・規範意識等の社会性を中核とする「非認知能力」である。
経済協力開発機構(OECD)の保育白書(15年)は、生涯にわたるwell-being(心と身体の健康及び幸福感)や社会的成功は、乳幼児期に「非認知」的な心の土台がしっかりと養われてこそ、長期的かつ持続的に可能になると強調した。
「感情知性(EI)」の育成
「非認知能力」の中核は「自己と社会性」に関わる心であるが、2000年に生まれた子供が21世紀にどのように生きていくかを追跡した縦断調査によって、愛着(アタッチメント)の剥奪が「非認知能力」の発達に深刻なダメージを与えることが明らかになった。
教師によるいじめ、親や保育士による虐待など、教育、保育の質の低下は極めて深刻である。5歳までの「非認知能力」を育み、EIを育む保護者向け「社会性と情動の学習」プログラムを全国に広げ、道徳性の芽生えを育む家庭教育支援、保育の質と子育ての質の抜本的向上を図る「未来への投資」こそが、教育再生の最重要課題といえる。
(たかはし・しろう)






