GSOMIA破棄撤回、強まる日米の韓国不信

 韓国の文在寅政権が、8月に破棄を宣言していた日韓の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)を協定失効直前の土壇場で方針転換させ延長することにしたドタバタ劇は、協定失効が回避されたことに安堵の声が上がる一方、日米の韓国に対する不信感を強める結果となった。今回の事態は、北朝鮮や中国の軍事的脅威に対抗する日米韓3カ国の防衛連携が文政権下の韓国との間ではいつでも揺らぎかねない危うさも露呈した。(ソウル・上田勇実)

中朝牽制の意志不確か
在韓米軍の縮小・撤退論も

 米国のアーミテージ元国務副長官とビクター・チャ元国家安全保障会議アジア部長はこのほどワシントン・ポストへの寄稿文で、文政権が協定破棄を撤回したことを「賢明だった」としながらも、「米韓関係の信頼はすでに失われた」と指摘。日韓問題に米国を引きずり込んだことを「同盟乱用行為」と批判した。

金有根・国家安保室第1次長

日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の延長方針を発表する金有根・国家安保室第1次長(EPA時事)

 また両氏は協定破棄宣言は「情報協力を中断させるという脅し」だとし、「北朝鮮による核・ミサイル試験発射への対応能力を低下させるだけでなく、韓国の安保利益が日米の安保利益と潜在的に分離されていることを示した」と述べた。

 GSOMIAは北朝鮮が核弾頭を搭載した各種弾道ミサイルによる攻撃を仕掛けるなど有事の際に、これを瞬時に探知・追跡・迎撃するために日韓が直接、情報を共有する仕組み。それまで米国を介して日韓がやり取りしていた情報交換のスピードを格段に速め、仲介に入っていた米国の負担も軽減させていた。それだけに協定軽視と映る今回の文政権の姿勢に米国が不信感を強めるのは当然だろう。

 また「一帯一路」構想で壮大な覇権拡大を狙う中国を牽制(けんせい)する戦略の柱として安倍政権が提唱した「自由で開かれたインド太平洋」構想にはトランプ米政権も足並みを揃えている。文政権がGSOMIA破棄をちらつかせること自体がこうした中国牽制枠組みへの不参加を暗にほのめかすことに等しい。韓国は日米と安保利害が一致しないと米国が認識したとしても無理はない。

 日本も協定破棄を宣言して以降、日米韓3カ国の防衛連携をする上で協定は不可欠だと繰り返し主張し、韓国に再考を促した。ひとまず協定は維持されることになったが、それは協定の戦略的価値を無視できなかったというより、米国からの圧力で方針転換せざるを得なかったのが実情とみられる。文政権が安保上、中朝を牽制する意志をどこまで持っているのか不透明である点に変わりはない。

 今後も日米の韓国不信がくすぶり続ける公算が強い理由には何よりも文政権側近たちの偏向的な考え方がある。

 青瓦台(大統領府)で実権を握っているとみられる学生運動出身者、いわゆる386世代(60年代生まれで80年代に学生運動をした、この言葉ができた当時30代だった人たちの意)の判断基準が「いまだ国内政治と南北関係にとどまっている」(河英善ソウル大学名誉教授)ためだ。

 8月の協定破棄の決断に決定的役割を果たしたとみられている青瓦台国家安保室第2次長の金鉉宗氏の場合も「ごてごての民族主義者」(金氏の元部下)で、政権支持層受けする「反日、反米で功労を立て自らの出世につなげようとする野心家」(元韓国政府高官)だという。

 さらに問題は、今回の事態をきっかけにトランプ政権が在韓米軍の縮小・撤退を検討し始めるのではないかという話がまことしやかに語られ始めていることだ。韓国が日米との安保協力で距離を置き始める中、現在、難航している米韓の防衛費分担交渉の決裂などが引き金となり、トランプ氏が縮小・撤退を決断する可能性は排除できない。

 千英宇・元青瓦台外交安保首席は最近、自身のYouTubeチャンネルで次のような話を紹介している。

 「キッシンジャー元米国務長官は2年前、トランプ氏に北朝鮮の核放棄は難しいので中国に北朝鮮の核能力を制限させ、その見返りに中国が望む在韓米軍撤退をカードにして米中間でビッグディールをしてはどうかと提案した。当時はまだトランプ氏は北非核化に自信があり提案は黙殺され水面下に隠れた。それが最近、在韓米軍駐留を当然視する米国の超党派的コンセンサスがかなり揺らいでいる」