女性への非道な犯罪、インド社会が揺れ続ける
先週、東京で日米豪印外相会談が開かれ、「自由で開かれたインド太平洋構想」、「4カ国戦略対話」が本格化しつつある。自由、民主、人権を旗印に、中国の拡大に対処しようというスクラム。その中でインドは大きなカギを握る。だが、その国は今、新型コロナ大感染に加え、固有の病=女性の人権と生命の軽視→非道な犯罪でも揺れている。
13歳、17歳、3歳、19歳、22歳。8月半ば~9月末、首都デリーの東側のウッタルプラデシュ州で、この5人がレイプ殺人の犠牲者となった。
同州は全国人口の6分の1を抱える大農業州だが、貧困率、非識字率が高く、古いヒンズー社会、男女不平等、カースト制の因習・影響が強く残る。レイプ被害者の多くが最下級カーストの女性たちだ。
国民世論はレイプとそれに甘い警察に厳しくなった。今回も国内各所で抗議デモが起きている。
厳しくなったのは2012年12月、「世界のレイプの首都」とも言われたデリーで起きた23歳の女子学生の事件からだった。小型バスの中で男たちに乱暴されて車外に投げ出され、亡くなった。それに対し猛烈な抗議デモが起き、男の若者も多数参加して警察のバリケードを突破した。首都の料理店なども新年パーティーを断り、一斉に哀悼の意を表した。政府も衝撃を受け、刑法を改正、レイプ罪の最高刑を死刑に引き上げた。
新聞も力説した。「真の原因は、家長支配絶対社会で女性の尊厳が軽視されている問題だ。全女性を敬意をもって処遇すると皆で誓おう。我々の心の内外での長く困難な戦いとなろう」。山は動くかと思われた。
だが「戦いの困難」は全く予想以上だった。
先日公表された19年の犯罪の統計では、レイプ事件は3万2000件を超えた。10年前より1・5倍増である。被害届け提出率が増したこともあるが、増え過ぎだ。隠れレイプも増えているだろう。ウッタルプラデシュでは、昨年末~今年初めにもレイプ殺人が続き、抗議デモが起きていた。今年、コロナ禍による男たちの鬱屈(うっくつ)で性犯罪全体が一層増加中という。
非道な犯罪には「ダウリ(持参金)殺人」もある。最近も年7000人以上の若妻が夫や夫の家族に殺されている。20~30年前より多い。
婚家が花嫁のダウリ額に不満を持ったり、再婚で稼ごうと欲を出したりした場合、若妻を台所の火事など事故に見せかけて殺す。またはいじめて自殺に追いこむ。多くが見逃され、統計に出ない。
さらに「名誉殺人」もある。娘が家族の決めた結婚を拒んだり、自由恋愛したり、別のカーストの男性と交際したりすれば、家族の名誉を汚したとして父や兄弟に殺される。国に記録されているのは年間30件程度だが、名誉殺人に関する法規定がなく、それこそ氷山の一角の数字である。
インド女性は、4分に1人がDV(家庭内暴力)を受け、4時間に1人が人身売買され、1・23日に1人が酸をかける攻撃を受けている、といった数字もある。自殺の理由がいっぱいで、女性の自殺者数は毎年世界全体の3分の1~5分の2を占める。
「世界最大の民主主義国」は、「世界で最も女性が泣く国」のままなのか。人口の半分近く(出生直後の女児殺しなども多く、女は男より5000万人も少ない)を占める女性の人権が軽視されていて、中国に対し胸を張って「人権」「民主主義」を旗印にできるだろうか。
インドに親しみを感じる日本人は多い。71年前、ネルー首相が敗戦直後の日本の子供たちの願いに応え、ゾウを贈ってくれたことも思い出す。山を何とか動かしてほしいと思う。
(元嘉悦大学教授)