世界を変えるコロナ、中国が覇権大国へ前進する?

山田 寛

 

 新型コロナウイルス感染が約200もの国・地域で激増し、世界大コロナ火災の様相を呈してきたが、そんな中で中国は外交・援助・宣伝の強力キャンペーンを展開し、覇権大国に向かって歩を進めているという。“出火元”の中国は威信が低下して当然のはずなのに。

 2月まではその低下感が表れていた。

 中国は世界保健機関(WHO)に圧力をかけてパンデミック(世界的大流行)宣言を遅らせ、出入国禁止・制限措置など不要と言わせ続けた。中国に対しその措置を決定した米国を非難し、他国にもそんな決定をやめるよう求めた。だが、中国の求めもWHOの楽観姿勢も無視して、2月中旬までに80もの国・地域がそれを決めた。

 また、WHO会議に台湾の専門家の参加を認めよとの米日英などの主張に、中国は抵抗できなかった。さらに「世界知的所有権機関」(WIPO)の事務局長選びでも、中国の候補が負けた。

 中国は、2月まで救援物資などを受けとる側だったから低姿勢で、「友好的に理解し、支援してくれた21カ国」のリストを発表したりもした。1番目が韓国、2番目が日本。日韓がまだ湖北省限定の入国禁止・制限に留(とど)めていたことも理由だろう。米ブルッキングス研究所の研究者が「マスク外交:数世代続いた日中対立関係を、コロナがどう転換したか」の論文を書いたほどである。

 だが3月、中国は攻勢に転じた。米軍陰謀説まで持ち出して発生源非難をそらし(駐日大使館の在留中国人宛通達には、「日本コロナ」の文言すらあったという)ながら、自国内の感染減少を発表し、対応の成果を自賛し、他国の見本になると誇った。そして諸外国を医療支援する側に回り、“コロナ外交”を展開している。その援助が大いに物を言っているというのだ。

 感染拡大で悪戦苦闘中の国々には、火元からだろうと援助は有難い。問題は米国や欧州連合(EU)が手をこまぬいてきた中で、「中国だけが希望をくれた」とまで感謝されていることだろう。

 中国は80カ国以上に医療援助を実施または約束し、特に中東、欧州諸国には一帯一路計画に沿う「健康シルクロード」の謳(うた)い文句付きで力を注いでいる。

 医療崩壊まで起きたイタリアのSOSにはEUより先に応じ、医師団も派遣した。イランやイラクにも派遣した。

 イタリア当局者は「我々は独りぼっちではなかった」と中国に大感謝する一方、「EUは約束と協議ばかり」と批判した。

 EU加盟交渉中のセルビアの首脳も、中国と比べ「欧州の連帯はおとぎ話」と決めつけた。

 米国は第2次大戦直後、西欧復興支援の「マーシャル・プラン」を実施して西側のリーダーになった。今回、米国は支援協力より、欧州26カ国に対する厳しい旅行制限を発表し、EUから批判された。今は国内の医療・経済対策で全く手一杯だ。

 こうして米、EUへの信頼感が低下する中で、中国は救世主視までされる。そこで、米欧の論壇でも中国の覇権大国化前進論が広がり出した。

 「中国は世界を釣って、非難を回避」(米アトランテイック誌)、「コロナが世界秩序を改変する」(米フォーリンアフェアーズ誌ネット)、「コロナは全てを変える。中国の新たな覇権に備えよ」(欧州の地政学研究誌グランコンティナン)といった論文が並ぶ。

 世界大火災の火元が“焼け太り”で影響力を拡大するのは、納得できない。日米欧などの側は、自国内の早期鎮火に全力で取り組んで態勢を立て直し、国際関係の主導権を握り直したい。中国の情報隠蔽(いんぺい)、初動の遅れの事実もうやむやにさせたくない。

 外交戦も正念場である。

(元嘉悦大学教授)