敗訴した日韓WTO水産物係争

東京財団政策研究所上席研究員 小松 正之

実効ある安全対策を示せ
すべきだった日米共同の調査

小松 正之

東京財団政策研究所上席研究員 小松 正之

 2011年3月に発生した東日本大震災による福島第1原子力発電所の炉心のメルトダウン以来、韓国が福島県など8県の水産物の輸入停止をした。世界貿易機関(WTO)の上級委員会(最終審)は4月11日に、韓国の輸入を衛生・植物検疫の適用に関する協定(SPS協定)に関して不適切であるとした一審の紛争処理小委員会(パネル)の決定を覆した。協定第5条第6項(必要以上に貿易制限的でないこと)の規定が主たる係争点であった。

 最終審では、韓国が設定したALOP(利益損失に対する事前保障)が十分にパネルによって考慮されたかどうかが争点であったが、パネルは1マイクロ・シーベルトの検討をするあまり、①原発事故の前の食品の放射能の汚染レベルはどうであったか②放射性汚染物質を可能な限り低下させること―の2点に十分な考慮を払わなかったとして、韓国政府の措置は必要以上に制限的ではないとの判断を下した。

「偽装的措置」と認めず

 韓国は11年、福島第1原発の事故を受けて福島県を含む8県の50種の水産物の輸入を禁止。さらに13年9月には、全ての日本産食品について韓国側の検査でセシウムとヨウ素が少量でも検出された場合その他の核種(ストロンチウムとプルトニウム等)に関する放射性物質の検査結果証明書の追加提出の義務付けを行った。最終審は、パネルが単に輸入水産物の放射性物質検査に着目しただけだったのに対し、韓国が福島第1原発の今後の帰趨と動向を知るために検査を課すことは、協定第2条第3項が禁止する「偽装された輸入規制」ではないと判断した。

 日本の消費者も事故前の放射性物質の濃度も知りたいし、福島第1原発が今後どのような帰趨(きすう)をたどるのか、ALOPの最小化を求めるのが当然である。現に日本の消費者も豊洲市場も福島県産の水産物を積極的に購入はしない。

 日本政府の行動で本質的な問題は、福島第1原発の放射性物質の封じ込めと最終処理ならびに空気中と海洋への放出を一刻も早くなくすことである。また、国内の規制措置もコーデックス食品委員会が指標としている1マイクロ・シーベルトを基準として設定された食品のセシウムの100ベクレルの基準値の設定を低下させることは日本国民もみな賛成しよう。

 水産業界は風評被害が国際的に拡大することを懸念する。とすれば、福島第1原発の放射性物質の漏れ・放出を一刻も早く解消する対応と汚染レベル情報の詳しい開示が重要である。国連海洋法条約等では海洋汚染の防止を柱とし、科学的情報が不足する場合は予防的措置を取るべきであると規定している。

敗北連鎖する水産外交

 ところで水産関係の外交は敗北の連鎖である。14年3月には国際司法裁判所で日本は調査捕鯨をめぐり敗訴したが、事前には勝訴すると楽観していた。その原因は、日本政府の主張・論点の誤りと、豪政府と比較し代表団の経験不足を含め代表構成の誤りにあったとみられる。国際捕鯨取締条約からの脱退も、国際社会から距離を置き、捕鯨を国内海域の小規模沿岸捕鯨に矮小(わいしょう)化させる。これは拙速で不適切な判断であると考える。そのほか中西部太平洋でのクロマグロ交渉と北太平洋のサンマの交渉も不発に終わった。

 韓国政府は一審の敗訴を受けて各論での問題提起を多くした。最終審での上訴状から綿密な準備がうかがえる。

 さて日本が海水、ベントス、プランクトン、魚類の放射性物質の蓄積の生理と福島第1原発からの排水量とその汚染との関係解明を、福島県沖において日米共同で生態系総合調査として行っていれば結果は変わっていよう。WTOでの係争はしょせん、現在の国内対策と韓国の輸入禁止手続きがSPS協定に照らして合致しているかどうかである。

 本来、日本の取るべき方策は、水産物の安全を充実させるために実効ある措置を取り、国内外に示すことであったと思う。日本国民と世界に対して説明でき得る行政の不断の努力が必要であることをこの判決は物語っていよう。

(こまつ・まさゆき)