動き出した「一帯一路」戦略
中国国益優先に疑念も
大経済圏、対応迫られる日本
去る5月14日に北京で「一帯一路」国際協力サミットフォーラムが開催された。同フォーラムは29カ国の首脳と130カ国からの代表団1500人が参加する大規模な国際会議で、わが国からも二階自民党幹事長を団長とする代表団が参加した。今次フォーラムの開幕に当たり、習近平主席は基調演説で「一帯一路」戦略の目的を「平和的協力、開放と寛容、相互学習、共存共栄」を掲げて、昔のシルクロードに沿う巨大な経済圏構築の構想を示した。中国にとっては本年最大の国際イベントで、秋に第19回共産党大会を控えた外交成果が狙いとされ、中国主導による「新たな国際秩序の構築」にも意欲が示された。
そもそも「一帯一路」戦略とは何か。「一帯」戦略とは、2013年9月に習主席がカザフスタンの大学で表明した「シルクロード経済ベルト」構想で、中国西部から中央アジアを経由して欧州に至る経済回廊の構築にある。それは中国がユーラシア大陸を横断して欧州と連結し、さらにアフリカ大陸を視野に途上国のインフラ投資市場を開拓し、中国の余剰製品を市場に出す構想でもある。また「一路」戦略は、習主席が13年10月にインドネシア議会で発表した「21世紀海上シルクロード戦略」である。中国沿岸部から南シナ海、インド洋、アラビア半島沿岸部、さらにアフリカ東岸を結ぶ中国には不可欠の油送路の確保とシーレーンへの影響力拡大を狙いとしたもので、欧州への海路連結を図る構想である。
この「一帯」と「一路」の両戦略を合わせて中国は欧州にまたがる経済帯の構築をスタートさせた。これまで中国の対外戦略は、米国と対等の新型大国関係を模索しながら挫折し、周辺国外交の重視も南シナ海での岩礁埋め立てや軍事基地化がハーグ仲裁裁定で完敗してきた。これら領域拡大戦略の東進の失敗から、中国は最大貿易相手の欧州に直結するよう西進に切り替えたのが「一帯一路」戦略と言えよう。
その「一帯一路」戦略の特性について、①狙いは沿線国のインフラ整備をテコに「運命共同体」的経済圏の建設②地域的にはユーラシア大陸、南太平洋、アフリカの一部を含む60余カ国・地域の世界最長の経済回廊③その規模は人口44・6億人(世界全体の63%)で、経済規模は21・9兆ドル(同29%)を占め、沿線国と中国の交易額は3兆ドルの実績④資金面ではアジアインフラ投資銀行(AIIB)などからのインフラ融資と中国の経済援助の予定―と要約できよう。しかし同戦略はあまりに野心的過ぎて実現に疑念が抱かれ、課題も多い。
実際、今次フォーラムでも参加国の半分は「一帯一路」戦略を懐疑的に見ており、中国の国益上の思惑が見透かされている。まず3兆ドルもの外貨準備の有効活用が追求され、次に人民元の通貨圏の拡大も狙いにある。さらに国内で生産過剰の鉄鋼やセメントなどの在庫軽減や中国マネーの対外投資の促進など、中国内の問題解決が秘められている。現に肝心のAIIBの信用格付けなどは未知数で、これまでの融資実績も17億ドルにすぎないという問題もある。
関連して中国資金の高利によるトラブルも現実に起きている。インド洋への「真珠の首飾り」戦略の中でスリランカ南部のハンバントタ港建設の事例では、約13億ドル(約1500億円、年利6%)の融資を中国から受けたが、返済の滞りで中国企業に同港湾の運営権と後背地の99年間租借の処分をのまされている。また筆者は15年春にウズベキスタンを訪問したが、シルクロード経済ベルト構想の中心を占める同国の反応は、経済界の投資歓迎ムードに比べ政府官僚は冷静に警戒感を強めている実態を見てきた。
その上で課題として「一帯」戦略の新亜欧大陸橋が横断する中央アジア諸国は途上国家群であり、多額の高速道路や鉄道への投資も費用対効果比はどうなるか、通過点に利用されるだけという不安と懸念も浮上する。また「一路」戦略でも、その入り口に当たる南シナ海では、中国の力による現状変更や軍事基地化が自由航行を脅かしている事態に変化はなく、シーレーンの安定と安全が維持できるのか、不安は残っている。
しかし「一帯一路」戦略は新亜欧大陸橋を睨(にら)んだ陸海通関拠点の建設強化で、既に50カ国を超える国と地域から協力協定を得ている。そして中国は本戦略を支える「シルクロード基金」に1000億元(1・6兆円強)の追加基金を拠出し、インフラ整備には中国国家開発銀行などが融資を準備している。
このような実態を踏まえて、アジア太平洋地域ではTPPから米国が離脱する不安が広がる中で、巨大な経済圏の出現とビジネスチャンスにどう対応するか、わが国も決断が迫られてくる。今日、先進7カ国でAIIBに加盟していないのはわが国と米国だけであるが、わが国の将来の国益を考えれば、英国のようにAIIBに入って内部から協力と改革に参画していく選択も真剣に考えるべき時期に来ているのではないか。この際、わが国の安全保障上、大きく依存している日米安保体制との関わりが問題になろうが、米中取引外交の推移を見極めながらも海洋・通商国家というわが国の地政学的特性を踏まえて国益追求に舵(かじ)を切る必要性は高まっている。
(かやはら・いくお)






