さらなる主権者教育が必要に
啓蒙活動は一定の成果
18歳選挙権導入した参院選
去る7月10日に投開票が行われた第24回参議院通常選挙は、70年ぶりに選挙権が拡張された歴史的な選挙であった。このため、投票前には、総務省、教育現場、マスコミを挙げて、18歳選挙権導入をめぐるさまざまな情報が流布され、対策が実施された。しかしまだ、18歳選挙権の結果に対する取りまとめは多くない。
さて、戦前の台湾での話である。
あまり知られていないが、日本統治下の台湾では、昭和10(1935)年と昭和14(39)年の2度にわたって地方議会の議員選挙が実施された。その後、衆議院選挙も実施が決まったが、敗戦で日本は台湾を手放したため、実際に国政選挙が行われることはなかった。
台湾では、大正9(20)年から法制的には地方自治が開始されたとされるが、州、市、街庄に置かれた協議会はいずれも官選であり、自治は名ばかりであった。それから15年を経た昭和10年、納税資格要件5円という制限選挙ながら、市議会、街庄協議会の議員選挙が実施されることになった。ただし、定数の半数のみが民選で、残り半数は官選という、半分の自治であった。
この選挙を実施するにあたり、台湾総督府は、いかにして多くの台湾の人びとに投票参加してもらうか腐心した。低い投票率になってはいけないということで、各地で選挙教化劇を上演し、模擬投票を実施した。どこかで聞いたような話である。
さらには、昭和10年の選挙では、立候補に際して保証金の支払いを求めず、選挙費用を制限せず、戸別訪問を認めるなど、日本の内地とは異なる制度にした。候補者名を正しく書けない人のために、代書投票も認めた。こうして、立候補者および投票者を集めようとしたのである。
結果的に、市議会議員選挙の有権者中の投票率は92・1%、街庄協議会では97%に達した。積極的な選挙啓蒙活動と、参加しやすい選挙制度採用という努力が結実したのである。
さて、このたびの参議院選挙である。今回の改革で、およそ200万人が新たに有権者に加わったが、有権者に占める比率はたかだか2%余りであった。だから選挙結果を左右するほど大きな数値とはいえないが、こうした数値とは別に、この制度改革では、政治家の目を若い有権者に向けさせる効果があった。またそれ以上に、高校生を含む若い人たちに政治への関心を持たせるべきだという合意が、日本社会全般に広がったこと、そして現場の対応の結果として一定の成果が収められたことには大きな意義がある。
国政に限らず、選挙に参加することは、民主主義国家においては「大人の責任」である。日本国憲法第15条第3項には「公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する」とある。高校生でも18歳になって選挙権を持てば、憲法上「成年者」のはずで、もはや「未成年」ではない。そして高校生は卒業時までに全員が18歳になるから、高校はすべての生徒を「大人の責任」を自覚した「成年」に育て上げる役割を与えられたのである。
投票結果は、総務省の抽出調査の数字で、18歳の投票率が51・17%、19歳は39・66%で、両者を合わせると45・45%であったという。全体の投票率が54・70%であるから、それよりは10ポイント低い。ところで前回2013年には、全体の投票率52・61%と、今回とあまり変わらないが、20~24歳の投票率は31・18%であった。これと比較すると、今回の18歳の投票率は20ポイントも高く、18歳から19歳全体の投票率でも14ポイント高かった。これには、高校での主権者教育、そして世論の喚起が大きく寄与したと考えられる。
今回投票に参加した若い人々は、今後も投票に参加することを期待したい。一度経験すると、次からはハードルが低くなるはずである。高校の主権者教育が、健全な政治参加の呼び水になることを望む。
今回は、18歳選挙権元年ということで、マスコミが盛んに取り上げたし、高校現場も積極的に対応した。それだけに、問題はこれからである。前述のとおり、今や高校は「成年」を世に送り出す責任を負わされたのであり、受験対応能力に優れた「未成年」を世に送り出すだけでは責務を果たすことにならない。無論、19歳の投票率が18歳より12ポイントも低かったことの責任の一端は、主権者教育に十分に取り組まなかった大学その他の高等教育機関にあることは大学の教員として自覚している。
いずれにしても、1億を超える人口を抱え、世界第3位の国内総生産(GDP)を持つ日本において、「大人の責任」を果たすには、国内外の政治、社会、経済についてそれなりの知識や判断力が必要になる。自分の身の回りの関心だけでは、とてもこの責任を果たせない。高校3年生は、それぞれ誕生日がくると「成年」になるのだから、実は高校2年生までに責任を果たす準備が整うようにしなければならない。しかしその結果、反国家的思想を抱いたり、日本以外の国に愛国心を発揮する高校生が輩出されては困る。
種々の選挙は、全国各地で次々にやってくる。文科省に、あるいは高校現場に、迅速適切な対応を切に望むものである。
(あさの・かずお)