タイ、脱却なるか「中進国の罠」

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 “タイの軍政”が結構、長引いている。クーデターは2014年5月のことだった。新憲法が制定され、総選挙が行われるのは早くて来年夏以降となる。プラユット暫定政権が軍を後ろ盾に強権統治を敷いているのは、王室の後継問題が絡んでいるもようだ。
 タイがASEANの優等生として、ここまで経済力を伸ばしてきた一つの理由は、政治的安定度の高さがあったからだ。それが2001年のタクシン政権誕生以後、国を二分するような亀裂が入ったまま、安定度は著しく損なわれている。

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 軍がとりわけ危惧したのは、国王の後継問題でさらに亀裂が深まることだ。タイ国王に不測の事態が生じた場合、国王継承を巡って軍内部でも派閥闘争が起こる可能性がある。というのも現プミポン国王の後継は、皇太子だけに相続する権利があるわけではなく、最終的には国王の意向が尊重される。場合によってはお家騒動も起こりかねず、暫定政権の強権統治は、事前にその芽を摘んでおこうという深謀遠慮が働いた結果だとされる。

 その暫定政権が昨年夏、断行した内閣改造の目玉は、経済チームの総合責任者にソムキット副首相を据えたことだった。ソムキット氏は、そもそもタクシン政権時代に副首相を務めたことのある現政権とは対極にいた人物だ。その異例抜擢されたソムキット副首相が昨年11月、初外遊を日本に選んだ際、1200人ほどのビジネスマンらを前に熱弁をふるった。同副首相が強調したのは、タイ政府肝煎りのクラスター政策だった。

 クラスター政策では、バイオやスマートエレクトロニクス、メディカル産業など高度技術を要する次世代産業を集積・育成するための特区が目玉となる。「付加価値という発想ではなく、価値そのものを創出する産業の育成に、タイは舵を切る」(同副首相)というのだ。結局、これまでの工業団地など特定の地域に与えられていたゾーン型の投資優遇制度を変更し、次世代型産業誘致を促進させるクラスター型投資優遇制度にすることを宣言する格好となった。

ソムキット副首相

1200人の財界人らを前にクラスター政策を説明するタイのソムキット副首相=2015年11月、東京

 タイは、日本の自動車メーカーなど積極的に誘致し、経済成長のけん引役とした。一台の車には3万パーツの部品が必用で、裾野産業もタイの経済発展に貢献した。現在の1人あたり国内総生産(GDP)は6000ドル(約72万円)と、タイは中進国に浮上した。だが、経済成長に伴って人件費が高騰、少子高齢化も進行中だ。産業の高度化を促し、イノベーションを起こせないようでは、成長が頭打ちになる「中進国の罠(わな)」にはまることになる。ソムキット副首相は、クラスター政策にタイの生き残りをかけようとしている。

 東南アジア諸国連合(ASEAN)は昨年末、ASEAN経済共同体(AEC)を発足させ、基本的に関税の垣根が取り払われた総人口6億2000万人規模のマーケットが誕生した。さらにASEAN10カ国に日中韓、インド、オーストラリア、ニュージーランドの6カ国を含めた計16カ国のFTA(自由貿易協定)の交渉も進行中だ。これらの人口規模は30億人だ。

 タイ政府はこうした時代の動きを読み、ASEANでトップの産業集積地から脱皮し、新産業をけん引する高度技術の集積を図ることでASEANの盟主役を果たそうというのだ。ASEANの中で唯一、独立を保ち植民地の経験がないタイはしたたかな生き残り策を練っている。

(池永達夫、写真も)