尊厳を保った「普選改革案」否決
カトリック香港教区の陳日君枢機卿 本紙と単独会見
非民主的な手法に断固反対
 カトリック香港教区名誉司教の陳日君枢機卿はこのほど世界日報との単独会見に応じ、香港の一国二制度の問題点や中国内の宗教弾圧、バチカンと中国の国交正常化に向けた中国司教の任命権問題など信仰の自由と民主化について見解を明らかにするとともに、天安門事件の犠牲者を“殉教者”として追悼すべきだと述べた。
(聞き手・深川耕治、写真も)
本土の宗教弾圧、バチカン楽観視
――中国政府が提案する香港行政長官の普通選挙改革案が6月18日、香港立法会(議会)で否決された。香港にとって今回の選挙改革案にどんな問題点があるのか。
民主派としては自分たちの尊厳を保つことができた。われわれは真の普通選挙が実現することを望んでいる。指名委員会で民主派候補の立候補を排除するニセの普通選挙は望まない。否決されたことは良かった。
――現役の香港教区司教時代、香港では7月1日の返還記念日にビクトリアパークで香港の民主化を願う集会を行い、今年もデモに参加して香港のあるべき姿を伝えてきた。今後、香港は中国の一党独裁に対して、どんな取り組みをすべきだと考えるか。
中国最高指導者だった鄧小平氏が考え出した一国二制度は、中国政府が香港を統治するのには良い制度だった。特に高度な自治と権利を与えたが、現在の選挙制度は真の普通選挙を実現するのではなく、毎回、法律を変えて中国共産党にとって都合の良い方向に修正しようとしてきた。例えば2004年、07年、10年の時はそのような動きだった。その都度、ご都合主義をやめるよう声を上げてきた。
――中国の全国人民代表大会(全人代)は7月1日、台湾や香港に対しても国家主権や領土統一を守ることを義務付けた「中国国家安全法」を採択し、施行された。同法は「中国の主権と領土保全に対する侵犯は決して許さない」とし、国家主権と領土を守ることは「香港、マカオ、台湾の同胞を含む全ての中国国民の共通義務だ」と規定している。現時点で同法が香港で適用されるわけではないと説明し、実際の適用には香港基本法(ミニ憲法)第23条(国家安全条例の制定)を使って新たな立法措置が必要になる。梁振英行政長官は「関連法案を提出する計画は当面ない」としているが、言論や政治活動の自由が制限される恐れはあるのか。
一点だけ言っておきたいのは、香港基本法23条に反対する立場ではなく、手続きの方法に反対しているだけだ。基本法は完全ではないので、改善すべき部分はたくさんある。中央政府が強硬に中国の国益優先で変更しようとしていることに反対し、不満を持っている。香港の現実を直視すると、差し迫って基本法第23条は必要があるのか。緊急性はない。香港が中国本土を転覆させるようなことはあり得ない。しかも非民主的な手法で基本法第23条を使って国家安全条例を策定する手法には断固反対だ。
――バチカンと中国政府との国交正常化に向けて香港教区は関与しない意向を示しているが、中国政府が官製聖職者組織「愛国協会」を通してバチカンの指示と違う司教を任命し、管轄し続ける動きは、今後の中国国内のカトリック信者にとってどんな障害をもたらすか。
中国政府は香港に対し、宗教については特に弾圧したりしていないが、(香港で多くの小中高校を運営するカトリック教会にとって)学校建設については管理運営の内容精査を厳しくしてきている。中国大陸では地下組織は認めていないし、表面で現れている教会活動は信仰に基づく真の自主権がない。
唯一、残念なことは中国本土での宗教弾圧の現状をバチカンに正確に伝えて説明しても理解してもらえず、楽観視し過ぎている点だ。中国では宗教の自由は得られておらず、真の自由には程遠い。
天安門事件犠牲者は“殉教者”
教授と学生、新たな同盟を
――中国本土の司教は最初のキリスト教殉教者である聖ステファノのような勇気をもって教会の教義を守るべきだとの立場だが、中国の司教が行うべき牧職行為とは何か。
カトリック教会の規則があるので、地下教会は真っ向から中国政府の司教の任命権について反対している。しかし、表向き、中国の愛国教会から指名される司教は銃や刃物で脅されれば仕方なく従うしかない現状がある。そういう一部の人は、譲歩して受け入れたか、心の中では拒絶しながら受け入れたか、現状のままで良いと妥協する人もいる。いろいろな状況がある。
カトリック教会としては、迫害され、仕方なく宗教上、認めた場合は黙認するしかない。中国政府のやり方に内外ともに受け入れてよいという場合は、バチカンとの関係が絶たれることを意味する。それは断固として妥協できない。つまり、1番目は本当の信仰の自由を得るためには中国政府の任命した司教を受け入れない厳格なバチカンの立場がある。2番目は譲歩して面従腹背で表向きだけ受け入れる立場。3番目は表向きだけでなく心から中国政府の司教任命を受け入れる立場。4番目は3番目の立場に立つ人たちに罰を与える立場だ。
――1989年6月4日の天安門事件をどう評価するか。中国政府の主張する動乱を鎮圧する行為だったのか。犠牲者を追悼し、事件の再評価を求める香港での動きは進展するのか。
宗教上の殉教者は信仰のために命を犠牲にすることだが、一般的に社会の理想のために自らの命の犠牲にすることも殉教者だと思う。天安門事件の場合、学生たちが中国の民主化のために運動を行い、人民解放軍によって数多くの貴い命が虐殺され、迫害された。迫害された彼らのために支援しなければならない。まずは中国政府が天安門事件で行った武力弾圧の非を認めなければならない。謝罪するまで何度でも闘い続ける。事件で迫害を受けた中には海外に亡命した人もいるし、投獄されて長期間、自由を奪われた人もいる。親、兄弟、親族まで監視され続けて不自由な生活を送るケースもある。中国政府が正式に謝罪をしなければ、再び天安門事件のような武力弾圧が起きる可能性があり、安心できない。再び天安門事件のような政府による弾圧を行わないということを保証、約束してほしい。そのために徹頭徹尾、活動を続けている。
――故郷である上海に戻ったり、バチカンと国交のある台湾を訪問しているが、今後の中国と台湾の関係はどうあるべきだと思うか。
台湾は民主制度が導入されて定着しているが、中国大陸では民主制度はまったくない。台湾が民主制度を捨てて中国に統一されることは避けるべきだ。民主制度は存在しないよりは存在した方がはるかに良い。中国は香港で導入された一国二制度を台湾に取り入れようとし、中国側は経済、貿易を中心に中台(両岸)関係をさらに円滑にしようとしているが、昨春の台湾のひまわり学生運動のように海峡両岸サービス貿易協定の早期発効を願う中国に対してNOを突き付けた。つまり、経済協定で民主制度を犠牲にしたくない明確な意志を示した。香港の一国二制度もそれほどうまくいっていない。台湾も香港の一国二制度の状況を見ているので、一国二制度は暫時的な制度にすぎないと言えるだろう。台湾は香港の現状を見れば、こんな一国二制度を簡単には受け入れることはないはずだ。
――キリスト教に限らず、宗教者への中国国内での迫害、弾圧はいまだに厳しいものがある。キリスト教ではプロテスタント、カトリックにかかわらず、地下活動で厳しい取り締まりを受け、気功集団の法輪功は邪教として弾圧されている。中国内での宗教者の政治迫害についてどう見るか。
中国政府は宗教をコントロールしようとしている。憲法では信仰の自由を保障しているし、宗教を認めている。特に仏教に対しては政府が支援していて関係が良好だ。香港政府も、ある仏教の集まりに対しては大きくサポートしている。なぜ、中国政府はカトリックをコントロールしようとしているかというと、カトリックはリーダーがバチカンの法王一人だけで、仏教のように各宗派によってリーダーが至る所に分散しているわけではないからだ。政治と宗教は別なので本来は、良い国民でありながら良い信徒にもなれる。バチカンでは良い国民は良い信徒になることができている。
――昨秋、オキュパイ・セントラル(香港金融街の中環を占拠せよ)運動が大学の教員や牧師を中心として始まり、さらに学生組織が取って代わって雨傘革命運動を展開した。79日間の持久戦で結局、強制排除され、その後、香港大学生連合会(学連)のような学生組織は分裂し、弱体化しているように見える。今後、香港の若者たちはどのような方向へ動くべきか。
青年たちが自分たちの将来や利益を捨てて香港の自由、民主化に向けて闘っていることに感心している。海外メディアでも大きく報じられ、香港の若者が香港の自治、民主化のために立ち上がったことを高く評価しているが、青年たちは自分たち単独では何もできない。当初、学生たちはオキュパイ・セントラル運動を指導した3人(戴耀廷香港大学副教授、陳健民香港中文大学副教授、朱耀明牧師)の指導を受けて一緒に行動していたが、その後、だんだんと学生たちが先に立って話を聞かなくなった。デモの手法についても経験不足でどうすれば効果的に行えるか、指導を受ける方法がなく方向性を見失った。良かった点はオキュパイ・セントラル運動で平和と愛を強調していたので、小競り合いはあっても大きな暴力行為は発生しなかった点だ。若者が何度も討論して経験のある教授陣のアドバイスを受けながら、戦略的に次に何をするかを熟慮し、行動していかなければならない。普通選挙の改正案が否決され、2017年までに何か新しい活動方法を考えて展開していけばよい。オキュパイ・セントラル運動を指導した3人や学生組織が連携して新しい同盟を作ってこれからの民主化を準備していかなければならない。












