中国国防白書の軍事戦略
「防勢」と裏腹の攻撃性
海軍は第2列島線まで拡大
去る5月26日に中国は「中国の軍事戦略」と題する国防白書(2014年版)を国務院新聞弁公室から発行した。中国の国防白書は、中国の軍事面の不透明性に対する国際的な批判に応えようと1998年に「中国の国防」として発行され、爾来(じらい)2年ごとに発行されて、今次白書は9回目となる。
中国の国防白書は、国防政策などで国内外の理解を求めると言うより国家的なプロパガンダの色彩が強く、中国の実行動と背反した主張もあるなど、用心深く読む必要がある。今次白書は9000字の小冊で、抽象的な表現が多く難解で、具体的な数値や図表は殆ど無く、わが国の「防衛白書」とは透明性において対照的である。
それでも中国の軍事的な意図を探る貴重な公式資料ではある。構成は、①中国の安全情勢②軍隊の使命と戦略任務③積極防御の戦略方針④軍事力建設と発展⑤軍事闘争準備⑤軍事安全保障協力―の各章からなり、肝心の軍事戦略は第3章に記載されている。
その中心テーマである軍事戦略は、基本戦略として「積極的防御戦略」を挙げ、「共産党の軍事戦略の基本点」と位置づけている。その本質は名前のように「防勢」面が強調されているが、その下部の各軍種別の軍事戦略はいずれも拡大と攻撃性を強めており、必ずしも防勢的ではない点に留意する必要がある。実際、各軍の具体的な戦略は、「陸軍戦略」では、7個軍区が守備を分担する「地域防衛型から全域機動型への転換」が謳(うた)われ、統合運用される機動部隊による早期打撃を追求する戦略が表明されている。
「海軍戦略」は、これまでの「近海防御型から近海防御・遠海護衛の結合型への転換」が示され、第1列島線を越えて第2列島線(伊豆諸島~小笠原諸島~グアム・サイパン~パプアニューギニア)までの海域を戦略の対象海域に拡大してきた。これは米軍が「接近阻止・領域拒否(A2/AD)」戦略として対応に苦慮している新戦略でもある。
「空軍戦略」は、これまで経空攻撃を中国領空内外で迎撃する「国土防空型から攻防兼備型に転換」とされ、迎撃のみならず攻撃してくる敵基地(策源)も同時に叩く攻防兼備の積極的な戦略への転換が示されている。
戦略ミサイル部隊である第2砲兵軍の「核戦略」は、多様なミサイル運搬手段の実戦配備や晋級原子力潜水艦の隠密性の向上などから反撃力の残存性が高まり、これまでの「最小限核抑止戦略」から「戦略的抑止・核反撃戦略」が謳われるようになった。
また近年、南シナ海の緊張化を踏まえて白書でも「海上軍事闘争と軍事闘争準備」を強調しているが、海軍重視の背景には、中国を取り巻く安全保障環境への情勢認識がある。そこでは「世界大戦の可能性はない」としながら「小規模紛争の生起が常態化した」と見て、中国への脅威は米国を指す「覇権主義、強権政治、新干渉主義が脅威」と認識している。その米国は「リバランス戦略で同盟の強化を図り」、「域外勢力として南シナ海に介入しており、海上の権益保護闘争は長期化する」との見方を示した。さらに、ベトナムやフィリピンの海洋での行動を挑戦的と強く非難するが、日本に関しては「戦後レジームから脱却を図り、新軍事安保政策を調整中」と抑制的な表現で、同書12年版が尖閣問題で日本を名指し批判したのに比べて、日中首脳会談の成果か、穏やかな表現となっている。
中国の国防白書はその他の不安定要因として「朝鮮半島、テロリズム・分裂主義・過激主義の猛威、海外利益の安保問題」などを挙げているが、総じて中国は今日、なお多くの脅威に直面しているとして安保環境を楽観してはいない。
軍事戦略を支える軍事力建設に当たっては、海洋、宇宙、サイバー空間、核戦力の4分野を重点として、それぞれの戦力強化の方向と措置が盛られている。特に海洋正面では、「海軍力の強化は海洋強国建設の戦略的支柱」として進められ、宇宙空間では「国際的戦略競争の攻略ポイント」として宇宙の戦力化を進めている。核戦力では「国家の主権と安全を守る戦略的基礎」と位置づけ、核政策にも付言して「先制使用はしない、非核保有国への攻撃や威嚇は無条件にしない」とも表明している。しかし、非核国は攻撃しないと主張しながら隣国を射程内に収める中距離ミサイルの増強を続けるなど、実態は逆の進展を遂げており、プロパガンダ臭は否めない。
その上で、「軍事闘争準備」の推進など穏やかならぬ主張が出ているが、軍の即応態勢の強化だけでなく、そこには低下した軍内モラルに活を入れる狙いも読み取れる。かねて習近平主席は「軍人の官僚主義、形式主義、華美主義、贅沢志向」を戒め、党軍の特権の上に胡座(あぐら)をかいた大量の将軍の汚職腐敗を摘発しているが、軍内士気の低下への軍紀粛正の意味合いもあると見る必要があろう。
今次白書の注目点を紹介してきたが、そこにはかねて警戒されてきた「三戦(心理戦、輿論(よろん)戦、法律戦)」を意識した国際的なプロパガンダが盛り込まれており、白書の実態を正確に読み取ることの重要性を強調しておきたい。
それでも中国の国防政策や軍内事情は依然として不透明な分野が多い。秘密のベールに包まれた中国軍事の実態を探る数少ない資料として、国防白書をしっかりと分析・検討することもまた重要である。
(かやはら・いくお)






