長い目で援助・投資・交流を

中央アジア胎動 中国「新シルクロード」と日本の戦略(10)

中央アジア・コーカサス研究所所長 田中 哲二氏に聞く

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 たなか・てつじ 1942年埼玉県生まれ。67年東京外大卒・日本銀行入行。93年日銀参事からIMF・日銀の派遣でキルギス中央銀行最高顧問に就任、後にキルギス大統領顧問、キルギス日本センター初代館長。帰国後もカザフ経済・予算大臣顧問、ウズベク商工会議所顧問、国連大学上級顧問等。著書に『お金の履歴書』『キルギス大統領顧問日記』など。

――中国の新シルクロード経済圏構想(一帯一路)、特に陸のシルクロード経済ベルト(一帯)の狙いは何か。

 ポイントは二つある。第1は主に新疆ウイグル自治区で作られた物資を流通・消費するヒンターランドの必要性だ。かつて中国は「大西部開発」と言う国家プロジェクトを立て新疆・チベット・青海等の開発を行い、中国を統一された経済空間にしようとしたがうまくいかなかった。理由は、沿海部と西部の経済格差が大き過ぎたことと、新疆の生産物を中央アジア・コーカサス・トルコ等に流通させるルートがなかったためだ。中国側には、これがうまくいっていればウイグル人にもっと職を与えられ、情勢を安定させられたはずとの思いがある。ウイグル族独立問題は依然深刻な問題だ。

 第2点はロシア対策だ。ロシア側には、2001年に正式に成立した「上海協力機構」の経済協力面で、中国を独り勝ちにさせてしまったという反省がある。中国は、カザフ・南シベリアの石油、トルクメニスタンの天然ガスのパイプラインを引き込むことに成功し、極東・南シベリアには中国農民が大挙出稼ぎに進出し一部でコロニーも出来かけている。また、キルギスの中継基地経由で大量の中国産軽工業品がカザフスタン・南ロシアに流入している。これに対しプーチン大統領は「ユーラシア経済同盟」を目指して、2010年にロシア、カザフ、ベラルーシ3国の関税同盟をスタートさせ、今年1月にはアルメニア、5月にキルギスも加わった。この動きに習近平主席はこのままでは中央アジア・南コーカサスが再び旧ソ連圏に取り込まれるという危機感を抱き、そうさせないためにも中国主導のより強い「ベルト経済圏」を作ろうとしているわけだ。

 ――中国とロシアは今、蜜月状態にあるように見えるが。

 クリミア併合に対する西側の制裁を回避するための表面上のジェスチャーにすぎない。プーチンの中国に対する警戒感は強く根深い。

 ――しかし、中央アジアの国々は、アジアインフラ投資銀行(AIIB)の設立やシルクロードベルト構想を基本的には歓迎しているようだが。

 経済活動活発化のチャンスとして一応歓迎はしている。しかし、ロシアがいつ「ユーラシア経済同盟」の枠組みで対抗的アクションを起こすかハラハラして見ている。AIIBへの加盟もモスクワと北京の綱引きを見ながら態度を決定している。

 ――日本政府が2004年から続けている「中央アジア+日本」対話の成果は?

 日本とカザフ、キルギス、ウズベクなど中央アジア諸国とのバイの関係は非常に良い。しかし中央アジアの国々自体は一枚岩にはなっていない。そこで、日本が5カ国全域に有益なプロジェクトにODA(政府開発援助)を集中的に投下し、これらの国々の横の連携強化に役立たせようと言うのがこの対話の趣旨だ。現実は日本との2国間プロジェクトがまだ多く、アジア開発銀行や世銀等と協力して共通プロジェクトをもっと増やしていく必要がある。

 ――日本のODAはともかく日本企業の進出は、中国、韓国と比べて出遅れている。

 今、中央アジアの人々は、ハイテク通信技術、省エネ技術、環境対策技術、高級医療などの高い技術を求めている。奈良・東大寺の正倉院に残る御物の中にはシルクロードを経て、中央アジア・ペルシャから来た文物が少なくない。1300年後にそれらをリファインし付加価値付けてお返しするのだというくらいの余裕の気持ちが必要だ。

 ソ連崩壊で、ロシアと中国の間に10の独立国が「中・露緩衝地帯」を形成することとなった。これらの国々が「親日的」であれば我が国の国連活動にも益するし、上海協力機構の枠内でロシアないし中国が日本に対し厳しい動きに出ようとした時にある程度の抑止力が期待できる。こうした観点から経済交流にしても、短期的に儲(もう)からないから援助しないと言うのではなく、長い目で見た援助、投資、交流を進めていくべきだ。

(聞き手=藤橋 進)

=終わり=