国際金融界に地位築く中国
アメリカン・エンタープライズ政策研究所客員研究員 加瀬 みき
ステークホルダーに道
AIIB対決を終えた米国
米中関係は多くの問題を抱え、中国が力を入れた習近平の訪米も一見成果はなく、あまり注目もされなかった。中国が温室効果ガスの排出取引を発表したことは成果とされたが、直後に少なくとも2017年までは基準は施行されないことが明らかになった。またアメリカ側が重点を置いた民間企業の機密を対象としたサイバー攻撃禁止合意はすでに破られていることが専門調査機関より報告されている。南シナ海の領土問題も平行線をたどり、双方政府がそれぞれの国民、アメリカの場合は同盟国に向けた発言はするものの、現実に変化はみられない。
中国政府はアメリカ大統領に最高の礼をもって歓待されることで、中国の国際的地位を改めて世界に認めさせたかった。しかし、訪米がローマ法王の初の訪米と重なり、テレビも新聞もソーシャルメディアも法王を追い続け、その上、米中サミットの2日目に米下院議長が突如辞任を表明し、中国主席にまつわる報道は申しわけ程度となってしまった。
真価を問われる習近平の訪米、そして山積みの問題の解決の糸口はないかのような米中関係であるが、水面下では注目されるべき動きもある。まず、アジア・インフラ投資銀行(AIIB)を巡った米中のにらみ合いで、アメリカが負けを認めた。英国をはじめとした先進欧州各国やオーストラリアなど近しい同盟国までもが我れ先にと加盟を求めたのはアメリカにとって大きなショックであったが、国内ではシンクタンクをはじめ、政治家や評論家がオバマ政権のAIIBを巡る対応のまずさを批判した。
アメリカは中国が責任あるステークホルダーになることを求め、またG20では、中国が国際通貨基金(IMF)などで経済力にみあった貢献を認めることを約束しながら実現してこなかった。中国のAIIB創設はその反動でもあるとみなされ、一方、アメリカの反応は大人げないとみられても仕方なかった。習近平訪米は、オバマ政権がAIIB反対運動に終止符を打つ機会となった。
アメリカはこれまでAIIBやブリックス(BRICS)諸国が創設した新投資銀行(NDB)、同じく中国が創設したシルクロード基金は、世界銀行やアジア開発銀行(ADB)を脅かす恐れがあるとみなしてきた。そして中国がこうした機関を活用し、国際開発金融の構図を塗り替え、さらには戦後アメリカが中心となって築いてきた国際金融秩序を崩し中国主導の仕組みを創設しようとしているという疑念を抱いてきた。
しかし、中国の目覚ましい経済開発は既存の国際秩序や開発金融の仕組みあってのものであり、グローバル経済に組み込まれることで実現してきたものである。それを脅かしては中国自体の発展を危うくする。またADBの試算によれば、2010~20年の間にアジアだけで8・3兆㌦のインフラ投資が必要であり、世界銀行によれば発展途上国と新興国は年間2兆㌦の投資を必要としているが、既存の国際機関の資金はとても需要を満たすことはできず、AIIB他は補完的役割を果たしうる。アメリカもこうした点は認めざるを得なくなっている。
一方、中国側も開発投資のルールに沿わない資金供与や投資は見合う利益を得られないばかりか、投資対象国を不安定にしたり国民の反発を買うものであることを、中南米やアフリカへの投資で学ばざるをえなかった。豊富な経験とトリプルAのレーティングを有すADBにはノウハウや人材をはじめ協力を求めている。オバマ政権は習近平訪米時、アメリカは中国からAIIBは最高の国際環境基準やガバナンス基準に従うという約束を取り付けたことで同行を認める姿勢を明らかにし、一方、世界銀行やその専門機関である国際開発協会への中国の出資額を増やすコミットを得たと発表した。
AIIBを巡る対立を葬るのと同時に、アメリカはIMFの国際引き出し権バスケットにドル、ユーロ、円、ポンドに加え人民元が加えられるよう後押しすることを約束した。中国元はIMFがバスケット通貨の条件とする「自由な運用」が可能ではなかったが、国内債券市場の一部を他国の中央銀行に開放したり、人民元の為替相場を市場化したりと自由化や市場の拡大に努めてきた。
その結果、人民元をバスケットに加える検討がされてきたが、昨今IMFが求める自由化が遅れ、中国政府の市場介入や改革のスピードへの不安、為替政策変更への不信などがバスケット加盟への動きを鈍らせていた。しかし、習近平は訪米中に中国の為替操作への疑念を払拭することを狙う発言をし、アメリカは条件付きながら中国元のSDR(特別引き出し権)バスケット入りを支持することを約した。その結果人民元がバスケットの一員としてエリート通貨となるのはもはや時間の問題とみなされている。
こうして中国主導の新たな国際開発金融機関をアメリカが認めることになると同時に中国は既存の国際機関への出資を増し、また人民元がバスケット通貨となること、そしてその結果として国際貿易や開発金融において影響力を拡大することをアメリカが後押しすることになった。中国は既存の国際秩序を認め、アメリカはそこに中国の協力を求めざるを得なかったことで、中国は国際金融の責任あるステークホルダーへの道を歩むことになった。(敬称略)
(かせ・みき)