カラコルムハイウエー 中国有事の迂回路の役割も
中央アジア胎動 中国「新シルクロード」と日本の戦略(5)
中国新疆ウイグル自治区のカシュガルとパキスタンの首都イスラマバードを結ぶ全長1300㌔のカラコルムハイウエーは、標高4733㍍のクンジュラブ峠を頂きにパミール高原を縦断する険路だ。中国・パキスタン両国の国家事業として20年の歳月を費やし、1978年に完工した。カラコルムとは「黒い礫(れき)」を意味する。カラコルム山脈はその名前通り、黒い瓦礫に覆われた山肌が、万年雪や氷河の白と対照をなす世界だ。
中国の法顕など、多くの求法僧や隊商が通ったシルクロードの古道は、車両通行可能な現在の道としてよみがえったが、さらなる高速化を図るため、まず中国側のカシュガルからタシュクンガンに至る谷で高架高速道路の敷設工事が行われている。
カシュガルを出発した国際バスは一気に標高4733㍍のクンジュラブ峠まで駆け抜けるようなことはせず、途中のタシュクンガン(高度3200㍍)で1泊する。高山病にならないよう体の高度順応を図るためだ。
一夜明け、約4時間かけてパミール高原の峠の国境クンジュラブに到着するころには、キャンディーを詰めた袋がパンパンになっていた。気圧が低く、中の空気が膨張しているのだ。ここが分水嶺で夏場、溶けだした氷河は北に向かえばタクラマカン砂漠へ、南に向かえばインド洋に流れ込む。
パキスタンの国境都市スストで入境手続きを済ませ、フンザのカリマバードを目指す。途中、フンザ川沿いには、150人程度が宿泊できる中国人キャンプがある。主にカラコルムハイウエーの修復作業に従事する現場作業者用のものだ。「安全第一」との標語があるキャンプ場の脇にはヘリポートも置かれている。
中国側の国境の町タシュクンガンの軍施設から飛べば、陸路で1日がかりの距離をわずか30分で到着する。救急治療を要する患者の搬送もあろうが、治安問題が発生した折、緊急治安部隊を送り込むことができる。
インドとパキスタンで帰属をめぐる領土問題を抱えるカシミール地方は、治安が悪いイメージがあるが、少なくとも国境からカリマバードまでの幹線道路近辺の治安は悪くない。皮肉なことに中国人ワーカーを守るため中国の治安要員がせり出し、タリバンなど反政府武装勢力を一掃した結果だ。
中国はアラビア海へ至る回廊を求め、カラコルムハイウエーの高速化と同時に、カシュガルとイスラマバードを結ぶ鉄道縦断計画やカシュガルとパキスタン西部のグアダル港まで石油パイプラインを通す計画も立ち上げている。今春、パキスタンを訪問した習近平国家主席はシャリフ首相との会談で、これらのインフラ建設に総額5兆5000億円を投じることを約束した。
とりわけ中国による真珠の首飾り戦略の拠点の一つであるグアダル港は2年前、中国が管轄権をシンガポールから買い取ったばかりだ。冷戦時代、軍艦も停泊可能な水深を持つグアダル港にいち早く目を付けていたのは米国だった。同港をイランやイラクを抑えるための地政学的要衝とみて、パキスタン政府に対し寄港地にできるよう打診し続けた。だが冷戦後、そこを最初に押さえたのは中国だった。
ユーラシア大陸の東西を陸路(一帯)と海路(一路)で結んだシルクロード経済圏構築に動く中国にとってパキスタンの地政学的意味は何か。それは「一帯一路」を結び付けることで経済圏強化を図ると同時に、有事に迂回(うかい)できるバイパス回廊としての意味合いが強い。
日本が好きだと言うカリマバードの農民アブデゥル・カーリン氏(35)に「中国はどうか」と聞いた。間髪を入れず「確かに中国は多くのことをやってくれたが、狡猾(こうかつ)な奴(やつ)は好きにはなれない」と返事が返ってきた。
(池永達夫、写真も)