パニックに陥る住民、玉砕の連絡が飛び交う


白玉の塔

歪められた沖縄戦史 慶良間諸島「集団自決」の真実
上原 正稔 (6)

 渡嘉敷村落の西側の恩納ガーラには古波蔵惟好村長、真喜屋実意先生(前村長)、徳平郵便局長ら村の有力者をはじめ数百人が集まった。

 1944年2月22日、国勢調査によれば、村の人口は1447人であり、「数百人」とはその一部にすぎないことに注意しよう。


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