奴隷所有と独立宣言、ジェファソンは偽善者か

米国の分断 第1部 断罪される偉人たち (5)

 昨年8月に白人至上主義団体と反人種差別団体が衝突した米バージニア州シャーロッツビルの現場から車で10分ほど離れたところに、第3代大統領トーマス・ジェファソンが過ごした邸宅「モンティチェロ」がある。モンティチェロはイタリア語で「小さな山」を意味し、その名の通り、豊かな自然に囲まれた小高い丘の上に建つ。

ロタンダ

米バージニア大学の象徴であるトーマス・ジェファソン設計のロタンダ(円形広間)

 美しい庭園が広がる敷地内の一角に、ジェファソンが眠る墓がある。墓石には本人が誇りにする業績が三つだけ刻まれている。一つ目は独立宣言の起草、二つ目はバージニア信教自由法の起草、三つ目はバージニア大学の設立だ。興味深いことに、大統領を務めたことは記されていない。

 ジェファソンは晩年、バージニア大学で学ぶ若者たちがいずれ国家を率いていくという期待感が「私の喜び」と記しており、自らが創設した大学に強い思い入れを持っていたことが分かる。

 だが、皮肉にも近年、ジェファソンが未来を託したバージニア大学の一部学生から、奴隷所有者だったことを理由に断罪されている。

 「TJ(ジェファソンのイニシャル)は人種差別主義者・レイプ犯だ」。シャーロッツビルでの衝突事件からちょうど1カ月後、学生らが大学内にあるジェファソン像によじ登って黒いシートを覆うとともに、こう書かれたプラカードを掲げた。「レイプ犯」の批判は、ジェファソンが奴隷の女性との間に子供をもうけていたといわれているためだ。

 大学内の別のジェファソン像も先月、台座に「人種差別主義者+レイプ犯」とスプレーで落書きされる事件が発生。ジェファソンの誕生日に合わせて行われたものだった。

 ミズーリ大学やニューヨーク州のホフストラ大学でも、学生の間でジェファソン像の撤去を求める運動が起きた。

 歴代大統領で奴隷を所有していたのは、初代のジョージ・ワシントンをはじめ12人いるが、中でもジェファソンが強い批判を受ける理由は、独立宣言の起草者だからだ。奴隷を所有しながら、独立宣言で「すべての人間は生まれながらにして平等であり、その創造主によって、生命、自由、および幸福の追求を含む不可侵の権利を与えられている」と主張したジェファソンを、左翼・リベラル勢力は「偽善者」と見なしている。

 これに対し、保守派の見方は大きく異なる。建国の理念にすべての人は平等だという概念を盛り込んだことは、当時では革命的なことであり、それがその後の奴隷制度撤廃につながったと見る。

 保守系ニュースサイト「デーリー・シグナル」のエディター、ジャレット・ステップマン氏は「米国が偉大なのは、世界中で何千年も続いた奴隷制度を廃止したことだ。建国者たちの理念が米国の奴隷制度を終わらせたのだ」と強調する。

 ジェファソンら独立宣言の採択や合衆国憲法制定に携わった「建国の父」たちをどう評価するか。これは国民の国家観や愛国心の根幹に直結する問題であるだけに、その対立は米社会に深い分断をもたらしている。

(編集委員・早川俊行、写真も)