米国の分断、断罪される偉人たち 「建国の父」までが標的に

米国の分断 第1部 断罪される偉人たち (1)

 米国でこれまで偉人として評価されてきた歴史的人物が、人種差別の象徴として断罪されている。米国で深まる「歴史」をめぐる分断を報告する。(編集委員・早川俊行)

奴隷所有を理由に記念碑撤去

 米バージニア州アレクサンドリア。首都ワシントンからポトマック川を挟んで西岸に位置するこの街は、赤レンガの建物が立ち並び、古都の趣が漂う。そんな街並みに溶け込むようにたたずむのが、米国聖公会の「クライスト教会」だ。

クライスト教会

初代米大統領ジョージ・ワシントンが通ったバージニア州アレクサンドリアの「クライスト教会」。「すべての人を歓迎します。例外なく」という横断幕が掲げられている

 「ようこそ。ここはジョージ・ワシントン初代大統領とロバート・E・リー将軍が通っていた教会です」

 礼拝堂で穏やかな笑顔で迎えてくれたのは、この地域でボランティアの観光ガイドをしているボブ・エバンスさんだ。

 この教会は、米国が1776年に英国から独立宣言する3年前に建てられ、ワシントンが20年以上通ったことから「ワシントンの教会」と呼ばれる。時代は異なるが、南北戦争の南軍司令官リー将軍もこの教会に通った。

 礼拝堂の一角には、ワシントンが家族で礼拝に参加するために買い取った座席があり、そこには「ワシントン」と刻まれた小さな金属プレートが付いている。

 「どうぞ座ってみて」。エバンスさんに促され、ワシントン一家の座席に腰を下ろした。最も偉大な「米建国の父」の一人であるワシントンが、ここから牧師の言葉に耳を傾けていたのかと思うと感慨深い。

 ところが、この歴史的な教会が昨年、政治論争の話題になった。礼拝堂の壁に掛けられている、ワシントンとリーが通っていたことを記念する大理石のプレートを取り外すことを教会が決定したのだ。

800

撤去されることになったワシントンをたたえる大理石のプレート

 「プレートは一部の人に安全でない、歓迎されていないと感じさせている」。教会の幹部は、撤去の理由をこう説明した。

 ワシントンは奴隷を所有し、リーは奴隷制度存続を主張する南軍のために戦った。そんな2人をたたえるプレートの存在は、教会を訪れた人に不快感を与えている、というのが教会側の判断だ。

 米国では、リーら南軍指導者の像などを人種差別や奴隷制度の象徴として撤去する動きが拡大し、中には像を破壊する過激な行動まで起きている。クライスト教会の決定は、撤去の対象が南軍指導者だけでなく、元大統領にまで広がっていることを象徴する事例として衝撃を与えた。

 「奴隷を所有する必要があった時代の人々を21世紀の視点で裁くのは公平ではない。ただ、当時のことを繰り返してはならず、バランスが必要だ。ここは教会であり、ワシントンらを崇拝する場ではない」

 エバンスさんは、像を破壊する行き過ぎた動きを否定的に見る一方で、教会の判断には一定の理解を示した。

 ただ、ワシントンの座席プレートを含め、教会内に残る記念物が一つずつ取り除かれ、最後は「ワシントンの教会」だった歴史自体が消し去られてしまうのではないか、そんな思いがよぎる。ワシントンはこの教会にとって、英国国教会からの支援が無くなった時、私財で存続を助けた恩人であるにもかかわらずだ。

 「すべての人を歓迎します。例外なく」――。教会の外側のフェンスにはこのような横断幕が掲げられている。だが、実際は「例外なく」ではなく「ワシントンとリーを除く」が正確ではないだろうか。