米朝会談、前のめりは禁物

米コラムニスト マーク・ティーセン

成果がないなら退席も
ノーベル平和賞推薦はわな

マーク・ティーセン

 ノーベル平和賞を授与されるのではないかという見方が出ていることにトランプ大統領はさぞかし、わくわくしていることだろう。政治的エスタブリッシュメントから見下げられてきたのだから、韓国の文在寅大統領が、トランプ氏はノーベル賞にふさわしいと言った時のリベラル派の怒りの反応は、トランプ氏にとって愉快なものだったはずだ。受賞演説を聞いてリベラル派が落胆するのを見るのは、もっと愉快なはずだ。

 文氏はそれを知っている。だからこそ、トランプ氏の目の前にノーベル賞という餌をぶら下げた。文氏がトランプ氏をこうして持ち上げるのは、それによって、独裁者、金正恩氏との会談への強硬な姿勢を和らげさせることを期待しているからだ。この餌に飛びついてはいけない。

 ◇北の微笑み外交

 だが、トランプ氏はこの話をそれほど真に受けていないようだ。ミシガン州での集会で聴衆が「ノーベル、ノーベル、ノーベル」と気勢を上げるのを見て、笑いながら、「素晴らしい。ありがとう」と言った上で、「職務を果たしたいだけだ」と謙遜した。

700

南北首脳会談で、チョコレートのデザートを割る韓国の文在寅大統領(右)と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(4月27日、韓国共同写真記者団提供)

 この職務を果たすということが、会談が合意に至らないまま終わるということである可能性も大いにある。1986年にレイキャビクで行われたレーガン元大統領とソ連のミハイル・ゴルバチョフ氏との会談がそうだった。会談は物別れに終わり、政治エリートらからは嘲笑されたが、この会談はそのわずか5年後のソ連崩壊に極めて重要な役割を果たした。トランプ氏は、レーガン氏のように、合意に至らないこともあり得ることを明確にしている。金氏との会談について「成功しないと思ったら、会談はしない」「会談に臨んでも、成果がないなら、丁重にその場を去る」と言っている。

 これこそが正しいアプローチだ。トランプ氏は、ノーベル賞を視野に入れながら会談に向かうべきではなく、全体を視野に入れておくべきだ。コーツ国家情報長官が昨年5月、「北朝鮮は憲法に核兵器の保有を明記し、一方で、核兵器は生き残るために不可欠と繰り返し主張している。金氏は何が何でも核をめぐる交渉はしないということだ」と述べていた。昨年、北朝鮮に拘束されていた米国人大学生オットー・ワームビアさんが、解放後死亡し、金氏はグアムにミサイルを撃ち込むと宣言した。今は、微(ほほ)笑み外交を仕掛け、一息ついて、制裁を解除させ、資金を脅し取り、米国と同盟国・韓国を分断させようとしている。そのために金氏はうそをつく。金氏の父親も1994年にうそをつき、クリントン政権に軽水炉、燃油と引き換えに核開発計画を放棄すると約束した。

 ◇米国史に名前も

 トランプ氏は会談を成功させたいなら、前のめりになり過ぎないことだ。交渉が不調なら退席し、軍事オプションもあり得ると真剣に考えていることを金氏に分からせなければならない。ノーベル賞がわずかでも頭の中にちらついていては、それはできない。

 ノーベル賞を受賞することと会談は無関係だ。レーガン氏は受賞していないが、ソ連を武器を使うことなく崩壊させ、冷戦を終わらせた大統領として記憶されている。オバマ氏はそれとは対照的に、何もしていないのに就任後わずか9カ月で受賞した。北朝鮮を交渉のテーブルに着かせたことだけで、トランプ氏はすでに、オバマ氏以上にノーベル賞にふさわしい成果を挙げた。

 歴史はトランプ氏を、ノーベル賞を受賞したかどうかではなく、北朝鮮が、米国の都市を1発で破壊できる核搭載大陸間弾道ミサイル(ICBM)を配備するのを阻止したかどうかで判断する。失敗し、数多くの米国人が、残忍な独裁者の人質になるようなことになれば、ノーベル賞など何の意味もない。成功すれば、外交を成功させた偉大な大統領として米国史にその名が刻まれる。

 成果を出せば、称賛や栄誉はおのずとついてくる。

(5月4日)