評価一変のコロンブス、新大陸発見が差別の根源?

米国の分断 第1部 断罪される偉人たち (4)

 「ガツン、ガツン」。昨年8月、「タイ」と名乗る男が真夜中に大きなハンマーで白い石塔を叩(たた)き始めた。その横で別の者が「人種差別を打ち壊せ」と書かれた紙を掲げている。

コロンブス像

米首都ワシントンのユニオン駅前にあるコロンブス像。2002年にコロンブスを批判する落書きがされたことがある

 男が破壊したのは、米メリーランド州ボルティモアにあるクリストファー・コロンブスの記念碑。1792年に建てられたこの石塔は、米大陸を発見したコロンブスをたたえる碑としては米国内で最も古いものといわれている。

 大胆にも男は、碑を破壊する様子を動画投稿サイト「ユーチューブ」で公開。コロンブスを「大量虐殺のテロリスト」と呼んで強烈な憎悪を表した。

 コロンブスと言えば、海図なき航海に挑戦し「新世界」に到達した英雄として尊敬を集めてきた。ところが、近年、その評価は一変し、先住民に略奪、虐殺、レイプを働いた極悪人として、南北戦争の南軍司令官ロバート・E・リー将軍と並ぶ人種差別の象徴と見なす風潮が強まっている。

 特に左翼勢力がコロンブスを敵視するのは、先住民や黒人が抑圧される米国の差別的な社会構造を生み出した原点は、米大陸にそれを持ち込む道を切り開いたコロンブスにあると捉えているためだ。ボルティモアの記念碑を破壊した男も、動画でそのような主張を展開した。

 10月の第2月曜日は「コロンブスデー」という連邦の祝日だが、これを「先住民の日」に改める州や市が増えている。また、昨年8月にバージニア州シャーロッツビルで、リー将軍像の撤去に反対する白人至上主義らがデモを行い、死傷者を出す衝突が起きて以降、コロンブスの像などを破壊したり、ペンキで汚すといった事件が相次いだ。

 コロンブスもリー将軍と同様、公の場からその存在を消さなければならない大悪人だったのか。コロンブスに関する著作がある人類学者のキャロル・デラニー氏は、カトリック系団体とのインタビューで次のように反論している。

 「コロンブスは乗組員に、襲撃やレイプのようなことはしてはならない、現地の人々に敬意を持って接するよう厳しく言い聞かせていた。不正行為が起きたほとんどの場合、コロンブスはその場にいなかった」

 コロンブスはまた、金を手に入れるという強欲に基づき航海に出たと批判されているが、デラニー氏によると、敬虔(けいけん)なカトリック教徒としての宗教上の動機が最も大きな要素だったという。

 「コロンブスが金を探していたことは知られているが、何のために探していたかは知られていない。エルサレムをイスラム教徒から取り戻す十字軍の資金のためだった。この当時の人々は、キリスト再臨のためにエルサレムをキリスト教徒の手に取り戻さなければならないと信じていた」

 レーガン元大統領はかつて、コロンブスを「楽観的なだけでなく、絶望という概念を軽蔑した典型的な米国の世界観を体現している」と称賛した。未知の領域に果敢に挑戦し、絶望的な状況に屈しないコロンブスの精神は、建国以来の米国の伝統に深く刻み込まれているという意味だろう。

 コロンブスを否定することは、米国の精神の否定にもつながると、保守派から憂慮の声が上がっている。

(編集委員・早川俊行)